2026年7月、「骨太の方針 2026」と「日本成長戦略」が閣議決定され、「人材力の強化」が国家として経済成長を実現する核心的なテーマとして位置付けられた。それらを受けて、9月からは労働政策審議会で労働基準法改正の各論の詰めが急ピッチで開始されている。従来の「人数×時間=労働力」という「量」から、「スキル×多様な働き方=人材力」という「質」へと成長軸の転換が進むいま、企業はいつ・どのように対応していくべきなのだろうか。また、AI協働時代における正しい労務管理とは? 株式会社チームスピリット 代表取締役CEO 道下和良氏と一般社団法人 iU組織研究機構 松井勇策氏が語った。
国家の成長軸は「労働力(量)」から「人材力(質)」へ
——政府が示した「骨太の方針 2026」では「強い経済」の実現が掲げられ、その中核として「日本成長戦略」の推進が打ち出されました。その日本成長戦略では、「17の戦略分野と、8つの共通課題への対応によって、投資を日本全国に拡大していく」とされていますが、中でも人材にまつわる課題が大きく取り扱われていたように思います。この現状をお二人はどのように見ていますか。
松井勇策氏(以下、松井) 日本成長戦略は、高市政権が定めた政権のコアとなるコンセプトであると同時に、会議体の名称でもあります。政権として「成長」を強く志向していることが分かりますし、「経済成長のために必要な人材をつくり出す」というのが高市政権下における雇用政策の軸になっていくと推察されます。
また、ご指摘のとおり8つの共通課題のうち、「人材育成」「労働市場改革」「家事等の負担軽減」「賃上げ環境整備」の4つが人材にまつわるものであり、これらの解決に向けて「AI・半導体」をはじめとする17の戦略分野において、先行して投資を行っていくとされています。
もちろんそれだけではなく、AI協働が進む中で、労働移動の円滑化も進み、労働市場は急速に変化していくでしょう。そのような環境下でも、成長の推進力となる人材や変化に耐え得る人材を、長期的な視点で育てていく必要がある。だからこそ、これからはいっそう、生産性の向上やリスキリングが求められていくはずです。
松井 勇策(まつい ゆうさく)氏
産学連携シンクタンク iU組織研究機構 代表理事・社労士
雇用系の産学連携シンクタンクの代表理事・社労士。公認心理師・AIエージェントストラテジスト(AICX協会)。先進的な雇用環境 整備について、特に雇用系の国内法や政策への知見を軸に、人的資本経営の推進・AIやIT・ブランディング関係の知見を融合した支援を最も得意とする。株式会社リクルート出身、同社の東証一部上場時には事業部サイドの監査や整備を推進。退職後に社労士・組織コンサルタントとして独立、のち情報経営イノベーション専門職大学(iU)に客員教授として招へい(専門:人的資本経営・雇用政策)、2024年産学連携シンクタンク設立。
道下和良氏(以下、道下) そうですね。私が特に印象的だったのは、骨太の方針 2026の中で、「人材力」に強くフォーカスされていた点です。この言葉は何も目新しいものではありませんが、2026年2月の施政方針演説において、高市首相は「国力」を形成する具体的な力として「外交力、防衛力、経済力、技術力、情報力、そして人材力」と述べ、「人材力」を国力の要素として位置付けました。さらに、演説後半では「国力、特に経済力の基盤となるのは人材力です。高市内閣では、人材力を強化していきます」と述べ、人材力は国力を形成する重要な一要素であると、明確に打ち出したのです。
かつて、富国強兵の時代における国力としての「労働力」は、人数や時間から成る「量」によって成果が左右されるものでした。しかし「人材力」は違う。人材力で評価されるのは「質」であり、その内訳は「スキル(個人の能力)」と「働き方(スキルを最大限に発揮できる制度や環境)」だと考えています。
このように、1人ひとりの質を高めるフェーズにシフトしたからこそ、松井先生からご指摘のあった生産性の向上やリスキリングの必要性が高まり、今後の法制度にもつながっていくのではないかと見ています。
道下 和良(みちした かずよし)氏
株式会社チームスピリット 代表取締役 CEO
1997年4月、日本オラクル株式会社入社。エンタープライズ領域の営業部長、CRM事業本部長、CRM/HCM事業本部長を歴任。2013年8月、株式会社セールスフォース・ドットコム(現株式会社セールスフォース・ジャパン)入社。コマーシャル営業部門の執行役員を経て、常務執行役員として製品営業部門などをリード。2019年6月、WalkMe日本法人のカントリーマネージャー兼代表取締役社長就任。2022年7月、LINE株式会社(現LINE ヤフー株式会社)AIカンパニー カンパニーエグゼクティブCCO就任。2023年5月、ワークスモバイルジャパン株式会社(現LINE WORKS 株式会社)執行役員就任。2023年11月より現職。
——骨太の方針 2026では、「柔軟で多様な働き方を実現するため、労働時間法制等に係る政策対応について、夏以降の労働政策審議会において議論を行う」とされていましたが、企業が具体的な準備を進めていくのは、その結論を待ってからでよいのでしょうか。
松井 いえいえ、とんでもありません。雇用政策における記載を参照すると、労働基準法の改正は2028年4月施行くらいで見込まれるのではないかと考えることができます。これについて各論的な論点は残されているものの、「多様で自律的な働き方を容認して、高付加価値産業における成果の最大化を図る」という大枠は決定づけられています。
2028年4月に改正となると、残された時間は1年半ほどしかありません。一定規模以上の企業における、年間の投資計画の策定サイクルを鑑みると、もはや法改正の中身が明らかになるのを悠長に待っている場合ではないのです。そもそも、法規制に対して場当たり的に対応を重ねる姿勢は、根本的に間違っていると思います。
自社の事業において、多様な働き方や裁量をどこで許容すればレバレッジが効くのかを見極め、雇用基盤そのものをしっかりと見直す。そのための投資判断を「今」下せるかどうかによって、今後の企業力が決定づけられるといっても過言ではありません。それくらいの緊迫感と切迫感をもって臨むべきだと考えています。
AI協働が進む現場では労働時間と成果が逆相関してしまう
——「国家の成長軸が量から質へシフトしている」というお話がありましたが、「人材力」や「労働の価値」を測るうえで、複雑性を増す要因となっているのがAIの存在かと思います。AIとの協働が進む中で、現場ではどのような課題が生じていますか。
松井 経済産業省の「2040年の就業構造推計(改訂版)」では、「2040年に十分な国内投資や産業構造転換が実現する場合、人口減少により就業者数は約6700万人から約6300万人となるが、AI・ロボット等の利活用やリスキリング等により労働需要が効率化され、全体で大きな不足は生じない」とされています。つまり、1100万人といわれる労働力不足が解決できるだろうというわけです。しかし、これは同時に、これまでの働き方や労働時間の概念が全く通用しなくなることを意味しています。
最近、私がセミナーを行っていると受けるご相談に、「社内で『AIを使いこなして生産性が数十倍になった人』と、『そうでない人』の二極化が進んでおり、AIを使えない人のほうが残業代で給与が高くなってしまっている。労働時間の捉え方や評価制度をどう改めていけばよいか」があります。これは一例ですが、今までと性質が違うご相談が、AI活用やAI協働が進む状況の中で頻繁に寄せられるようになりました。
これまで「労働時間と成果はある程度比例する」という前提で管理されてきましたが、AI協働が進む現場においては、むしろ「労働時間と成果が逆相関してしまう」ことが起こり得るのです。
道下 それに関して、少し違う見方で言うと、これまでは業務に対して人をアサインするのが当たり前でしたが、今後は「人をアサインするのか、AIをアサインするのか」と考えるようになると思います。つまり、人の生産性とAIの生産性を同列に評価する時代の到来が予想されるということです。
そうなったときに、評価の根拠となるのは、業務を完了させるために必要な工数やそれに伴うコスト、あるいは業務を通じて生み出せる成果といった「データ」です。このデータがなければ、人とAIのいずれを使うべきなのか、コラボレーションさせるべきなのか、判断ができません。まだまだ手探りで進めていく領域ではありますが、まずはデータプラットフォームで人の働き方や生産性を可視化して、データをためていくことが先決であると考えています。
松井 本当にそうですね。AI協働に対するアプローチは各社さまざまですが、重要なのは「自社におけるAI活用の道筋や世界観を明確に定めること」です。そのためには、ただ労働時間だけを記録しているだけでは意味がなく、働き方・評価・スキル体系などHR関連のあらゆるデータを緊密に連動した形で取得・蓄積・分析できる基盤を持っておく必要がある。AI協働時代には「TeamSpirit」のようなHRDX基盤の重要性がますます増していくでしょうね。

TeamSpiritで成果を上げている2社の活用事例とそのポイント
——TeamSpiritはAI協働時代に重要なHR関連データの集約・可視化・分析ができるシステムとのことですが、TeamSpiritを活用して成果を上げられているお客様の事例をご紹介いただけますか。
道下 一例を挙げると、カゴメ様です。同社ではライフステージが変化した従業員様が仕事を諦めず、継続できるように多様な働き方を制度化していらっしゃいます。具体的には、コアタイムなしのフレックス制度の導入や、全社的な在宅勤務・モバイルワークの推進、働く地域を柔軟に選択・固定できる権利の付与、副業制度などです。
こうした多様な制度を効果的に使いこなして成果を上げるため、TeamSpiritの導入により労働時間が可視化されました。客観的なデータに基づいた上司と部下の対話が可能になったことで、多様な制度を前提にして現場の生産性向上や自律的な自己管理の促進に大きく貢献していると伺っています。
他の事例として、LIFULL様はTeamSpiritの工数管理機能を活用し、行動改善指標の1つとしてワークログを活用し、生産性の向上・成果の最大化に取り組んでおられます。組織単位で定期的に工数を振り返り、「成果につながる業務」と「それ以外の業務」の割合を確認します。そして、前者を増やすと同時に時間あたり成果を上げるための改善活動をされています。
この先、AI協働がどんなに進んだとしても、人が自ら考え、動けなければ、組織は強くなりません。だからこそ、人の判断材料となるデータが過不足なく提供され、誰もが活用できる状態にしておくことが重要なのです。

ここでの対応遅れは企業経営に致命的なダメージを与えかねない

——AI協働が本格化していく中で、TeamSpiritはさらにどう進化していく予定ですか。
道下 最近リリースした新サービスが「TeamSpirit AIシフトエージェント」です。これは、多様化する働き方と人手不足によって複雑さを増すシフト管理業務の負担軽減を図るものです。「TeamSpirit 勤怠」と連携することで、シフトの計画から日々の勤怠実績管理まで、一気通貫で行うことができます。これは単にシフト管理業務の効率化を図るだけでなく、今後、労働基準法の大改正によって、時間外労働の上限規制といった労務コンプライアンスが強化されたときの備えにもなります。
こうして徐々にAIに任せられるタスクを増やしていきながら、「人とAIのどちらに業務を任せるべきか、コラボレーションさせるべきか」といった経営の意思決定ができるプラットフォームへと進化させていければと考えています。
——最後に、読者へメッセージをお願いします。
松井 繰り返しになりますが、政府が示した雇用政策の指針や労働基準法の大改正は、どの企業にとっても決して他人事ではありません。「なんとなく概要を把握していればいいか」と静観していい時期はとっくに過ぎています。
自社にどのような影響が及ぶのか精度高く見極め、今すぐ投資計画を策定しなければ、確実に対応は後手に回ります。ましてや今回の変革は、AI協働をはじめとする現場の働き方の根本的なアップデートと密接に結びついていますから、ここでの対応の遅れは企業経営に致命的なダメージを与えかねないと肝に銘じておくべきでしょう。反対に、今こそ事業の進化と働き方の変革を前向きに進められるこの上ない時期です。雇用政策を最大限にコンセンサス形成の道具として使えます。「やったほうがよいが進められなかったこと」は、今行わなくていつ行うのかというくらいのチャンスです。
もしまだHRDX基盤の見直しに着手できていないのだとしたら、ぜひ今日を機に、具体的な検討を進めていただけたらと思います。
道下 冒頭にお伝えしたとおり、国家の成長を支える核心が「人材力」であるのと同様に、企業の成長を支える核心も「人材力」に他なりません。人材不足や採用難といった目の前の課題意識を起点にして、「人材力を確保・強化できなければ、企業の成長はままならない」という危機意識に転換していく必要があると考えています。
そのうえで、人材力をどのように確保・強化していくのかといえば、「人材力」を構成する2つの要素について正しくデータマネジメントを行うことに尽きます。すなわち、スキル管理やリスキリングはタレントマネジメントシステムで、多様な働き方は勤怠管理システムで、それぞれデータで捉えていくということです。そして、TeamSpiritであれば双方をワンプラットフォームに統合し、一元化されたデータとして可視化できるため、迅速かつ正確な経営判断を行えます。
昨今の時代の変化を受け、人事制度や施策の見直しに乗り出している企業は少なくないはずです。そんな今こそ、豊富なパラメータや柔軟なアーキテクチャによって、制度や業務の変化や多様性を許容できる間口の広い“器”としてTeamSpiritを選択肢に入れていただけたらうれしいです。
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