本記事は『「組織のネコ」という働き方 「組織のイヌ」に違和感がある人のための、成果を出し続けるヒント』の「第5章 組織の変人が変革人材になる──ネコ・トラの存在意義」から一部を抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
「起」の人と「転結」の人をつなぐ
「僕がよく言う"起承転結モデル"で事業の成長に応じて必要な人材を説明すると、"起"がゼロからイチを生み出す人。"承"はイチからグランドデザインを描ける人。"転"はn倍化する過程で戦略思考をもち、KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)を設定してリスク管理できる人ですね。"結"は、1つの形としてまとまった事業をきっちりやり続けて改善してくれる人。
いまの日本の大企業で活躍している人のほとんどが"転""結"の力を発揮している人です。ただ、その事業自体が賞味期限切れを起こしているので、もう一度"起""承"に戻らないといけないのだけれど、みんなそれをやったことがないから戸惑っている。いまはそういう状況ですよね」
トラの「味覚」は、「意味という味」に対する感覚が鋭いです。「意味覚」とでも呼ぶことにしましょうか。特に、事業が賞味期限切れを起こしている状態を敏感に察知します。もう少し、タケバヤシさんに聞いてみました。
「"転結"の人は、イノベーションと言われても何していいかわからへんし、失敗は許されないという感覚が染みついているからなかなか挑戦もできないんです。
特に"起"は傍目から見ると"何やっているかわからない人"だし、遊んでいるようにしか見えない。"転"のマネジャーが一番嫌うタイプです。よくわからないし、コントロール不能だから。
"起"の人たちは、社内の"カンパニー理論"よりも"コミュニティ理論"で動くんです。会社の方針にはあまり興味がなくて、自分が属するコミュニティとか市場や学会のトレンドを追っている。"世の中でこれが必要とされているから"という動機で行動する。これに対して"転"人材は社内のロジックを重視するタイプだから、"起"人材との間にギャップが生まれる。
このギャップを埋めるのが"承"人材で、たとえばカンファレンスのような、学術的なイベントを仕掛けて"起"と"転"を同じ場所で出会わせるといいんです。
そういう場づくりはすごく効果的で、"起"人材はもはや大企業のなかにはほとんどいません。どちらかというと、ベンチャーや学生のような"大企業の外側"にいることが多い。外側にいる"起"人材にとっても、ヒト・モノ・カネの資産がある大企業と組めることは魅力的なので、お互いを補完する関係として出会う。お互いハッピーですよね」
なるほど、社外にいる「起」人材と社内にいる「転結」人材をつなげる「承」の役割を担うことで、賞味期限が切れた事業価値の再編集を促すわけですね。
「海外はみんなそういう発想で、大企業とベンチャーが共栄しています。"承"の機能として大事なのは、上位概念を加えて組織を再編していくことだと僕は思っているんです」
上位概念を加えると言いますと?
「僕がEMS(電子機器の受託生産を行うサービス)を提供する生産関連会社の立て直しを任されたときのことです。その会社は、基板の組み立てを請け負う会社だったんですが、社員は全員、自分たちのことを製造業だと思っていました。
僕もそうかと思っていたのですが、あらためて経済産業省の分類を確かめたら"サービス業"の欄に書いてある。たしかに社名のEMSも"エレクトリック・マニファクチャリング・サービス"の略だ。でも、ピンと来ない。とりあえず3カ月くらい、社内の従業員やお客さんの様子を観察することにしました。
すると、製造ラインの見学に発注元のお客さんがたくさんいらっしゃることに気づいたんです。みなさん、うちの組み立てのプロセスをわざわざ見に来られている。これはどういうことなのかと考えたら、お客さんが買ってくださっているのは、モノではなく組み立てのプロセスなのだと気づいたんです。
見学しながら手にもっているチェックリストにどういう項目があるのか、頼んで見せていただいたら、日頃、自分たちが気をつけているのとは違うポイントを重視していることがわかったんです。『お客さんが丸をたくさんつけて帰ってくださるような工場にしよう』と社員に話しました」
「お客さんが買ってくれている価値」を問い直したんですね。
「そうです。それで、『僕たちは製造業じゃない、サービス業だ』と理解して、『だったら旅館を目指そう』と決めたんです。来ていただいたお客さんには一人ひとり、心を込めて挨拶をして、心地よくすごしていただく。
社長である私は旅館でいう"女将"役ですから、もちろん率先して挨拶をしました。天井の片隅にあった雨漏りのシミも直しました。『伊勢海老が美味しかったとしても、挨拶もせん、部屋の天井にシミがある旅館には、泊まりたくないやろ』と社員に説明して」
わかりやすいです。
「そうやっていると、すごいことが起き始めたんですよ。忘れもしません、2年目の6月のことです。受付から社長室に内線がかかってきて、『今日のお客さんは何人いらっしゃいますか』と聞かれたので、『3人ですよ。いらっしゃったら挨拶に行きますから呼んでください』と答えたんですね。いつもは聞かれないのに変だなと思ったら、玄関にスリッパを人数分、並べてくれていたんです。『旅館ならこうすると思ってしました』と。感動しました。
さっそく翌日の朝礼でみんなに伝えると、だんだん花が生けられたり、手書きのウェルカムボードが置かれたり。そのうち来客用トイレまで整いました。お客さんも『高級旅館に来たみたいです』と喜んでくださっていたんですが、嘘みたいなホントの話、そのスリッパが並び始めた月から単月黒字化したんです」
すごい。自分で工夫できるようになったら、仕事は楽しくなりますね。
「そのうち画期的なサービスの仕組みを考えるスタッフまで現れて、会社の業績はどんどん上向きました。僕がやったことは、『うちはサービス業だ。旅館のようなサービスを目指そう』と"軸"を示しただけ。
それと、社員全員とランチをして話を聞くと『自分たちが提供している部品が何に使われているか知らない』という社員が結構いたんです。その地域でもよく使われている農機具の重要な部品であることを説明したり、それがメディアに紹介されている記事も見せたりして、『自分たちの仕事は、社会にとってこういう価値を生んでいる』と実感できる情報は伝えるようにしました。たったそれだけなのですが、やっぱりこういう働きかけが大事なのだなと思いました」
メンバーに「自分の仕事の意味」を知ってもらうことで、個人のモチベーションにもつながるし、組織の数字にも現れてきたと。まさに「意味覚」のなせるワザではないでしょうか。
賞味期限が切れた価値・組織の再編集をする
もう少し考えてみると、「事業の賞味期限が切れている」ということは、「組織形態の賞味期限も切れている」のではないでしょうか。タケバヤシさんに聞いてみると……
「もう1つ、この時期に僕がやっていた習慣がありました。まず、社長に就任したその日から、毎朝30分かけて敷地内を回って社員に『おはよう』と言って回ったんです。もともと挨拶というのは禅の言葉で、目上の人が下の人の様子をうかがうためにかける言葉なんですね。挨拶を通じて『この人、今日は大丈夫かな』と。続けていくうちに、社内の雰囲気は変わっていったと思います」
メンバーからすると、上司の機嫌がいいかわからないのに自分から挨拶するって、リスキーですよね。だから、上司から挨拶してくれるほうが、いわゆる心理的安全性は高まりそうです。
「間違いないですね。あと、敷地を歩きながら、目についたゴミを拾って集めることもやっていました。"清掃徹底"と通達を回すよりも、『これ全部、社長が拾いました』と積まれたゴミを見せるほうが、効果はあるでしょう。軸を示して、挨拶して、ゴミを拾う。これが僕の役割でした」
もうちょっと聞かせてください。そのときからさらに進化した、会社組織におけるタケバヤシさんのいまのポジションはどういう感じでしょうか?
「感覚としては幽体離脱です。体は会社に置いておきながら、心は外から体を含めた全体を眺めている。物理的に出社しつつ、視点は外から会社を見る。外から会社を見ると、かえって会社のよさがわかるんですよ。
会社のなかに閉じこもっていると、『うちの会社が勝つためには』という視点に偏りがちですが、外から全体を俯瞰しつつ考えると、自社が社会から求められている価値を踏まえたアイデアが湧くんです」
同業で競い合っている場合じゃないよね、と気づいたり?
「まさにそうです。『小さいパイを奪い合わず、広げていこうよ』という考え方に変わるんです。共創や協調を起こしやすいのが、このステージなんだと思います」
いま、目の前の仕事を楽しむために、誰でもできることはありますか?
「僕みたいに歩くのがオススメですよ。社内を歩き回って、挨拶してみるのでもいい。要は、自分の足を使って目や耳で情報を獲得するフィジカル体験というのかな。やっぱり自分で動かないと見えないことはたくさんあるし、そこから仕事は大きく変わっていったという実体験があります」
ライオンのように組織の頂点から俯瞰するだけではなく、頂点にも行けば現場にも行ってみるし、組織から離れて外側からも眺めてみるのが、トラの見方(視座・視野・視点)です。そこから得た気づきをもとに、賞味期限が切れた価値の再編集、組織の再編集をする役割を担うことになるのです。