1. 事件の概要
本件は、特例有限会社であった被告(以下「Y社」)と雇用契約を締結し、訪問看護ステーションの看護師としての労務に従事した原告(以下「X」)が、Y社に対し、雇用契約に基づき、平成28年8月分から平成30年11月分までの時間外、休日および深夜の割増賃金などを求めた事案です。
今回はさまざまな争点の中から、待機時間について取り上げます。
(1)当事者
Y社は、介護保険に基づく居宅介護サービス(訪問看護・認知症対応型共同生活介護・小規模多機能型居宅介護等)などを目的とする株式会社です。
令和2年4月1日付け商号変更による移行前は、特例有限会社でした。
Y社は、神奈川県平塚市内において、「訪問看護ステーションA」(以下「看護ステーションA」)、「看護小規模多機能型居宅介護施設B」(以下「介護施設B」)および「グループホームC」(以下「ホームC」)を含む施設を運営しています。
Xは、平成28年7月27日、Y社との間で雇用契約を締結しました。同年8月1日から同月31日まではいわゆる非常勤の、同年9月1日以降はいわゆる常勤の管理者・看護師として、看護ステーションAの「看護師としての業務」、ならびに介護施設Bの利用者およびホームCの入居者を対象とした「訪問看護業務」に従事しました。
なお、Xは、23歳のときに看護師資格を取得して以降、Y社において勤務する以前から看護師として就労しており、47歳頃から訪問看護業務を担当していました。
(2)Xの労働条件
Xがいわゆる常勤の看護師となった労働条件(平成28年9月1日~)は、次のとおりです。
①賃金
月額40万円
[内訳:基本給 月額30万5000円、管理者手当 月額8万円、資格手当 月額1万円、緊急手当 月額5000円]
②賃金の支払時期
毎月15日締め、当月27日払い
③月平均所定労働時間数
平成28年の各月は170.6時間、平成29年および平成30年の各月は170時間
④法定休日
日曜日
⑤時間外、休日および深夜の労働に対する割増率
- 労働基準法32条所定の時間を超えない時間外の労働(法内残業)……1.25
- 労働基準法32条所定の時間を超える時間外の労働(法外残業)……1.25
- 法定休日以外の所定休日(法定外休日)の労働……1.35
- 法定休日の労働……1.35
- 深夜の労働……0.25
(3)緊急看護対応業務
看護ステーションAの従業員は、2名ずつの当番制でした。
Xは、月曜日から木曜日までの終業時刻から翌日の始業時刻までの間、および金曜日の終業時刻から翌週月曜日の始業時刻までの間は、看護ステーションAの訪問看護利用者、介護施設Bの利用者およびホームCの入居者が緊急に看護を要する事態となった場合に備えて、緊急時呼出用の携帯電話機を常時携帯していました。
また、利用者ないし入居者、家族、施設職員からの呼び出しの電話があれば直ちに駆け付け、看護、救急車の手配、医師への連絡の緊急対応を行う業務を担当していました(以下「緊急看護対応業務」)。
2名の担当者が所持する各携帯電話機のうち、No.1の電話機が優先電話でした。No.2の電話機を所持する担当者は、No.1の電話機を所持する担当者がやむにやまれぬ事情で対応できない場合に、No.1の電話機を所持する担当者に用件を伝えるなどの対応をするものとされていました。
No.1の電話機を所持する担当者は、電話の着信に遅滞なく気付き、必要に応じて速やかに看護等の業務に就くことが求められていました。
(4)Xの退職
Xは、平成30年12月31日限りで、Y社を退職しました。
なお、Xの最終勤務日は、同年11月30日でした。
(5)催告
Xは、平成30年12月18日、Y社に対し、平成28年9月1日から平成30年11月30日までの未払割増賃金の支払いを催告しました。
(6)本件訴訟の提起
Xは、平成31年3月27日、本件訴訟を提起しました。