荒金泰史氏の前連載「経営人事とエンゲージメント再考」も公開中。
職場に溶け込もうとしない若手社員はなぜ生まれるのか?
最初に、ある事例を紹介する。
ある職場のX課長が人事に悩みを相談してきた。聞けば、入社して数ヵ月の新入社員Cさんが、職場に溶け込もうとしないのだという。X課長や周囲の先輩たちが気を使って優しく働きかけても、本人が壁をつくってしまう。たとえば、あるとき懇親会を開こうとしたが、「私はそういうのはよいので欠席します」と断られたそうだ。Cさんは日常的に直行直帰を好み、定時になると早々に帰ってしまう。周囲は任せたい仕事があるのだが、それを受けようともしない。そのため、仕事の基礎が身に付いておらず、どんどん仕事を任せにくくなる悪循環に陥っているという。X課長は「正直なところ、職場は困り果てていてね。言いたくないけど、採用ミスなんじゃない?」とまで言っていた。
一方の人事から見ると、Cさんは採用面接でも新入社員研修でも好印象で、特段変な様子も見られなかったという。そのため、Cさんがなぜそんなことになってしまったのか、X課長に話を聞いた時点では皆目見当がつかなかった。
このように「若手社員のオンボーディング」がうまくいっていないとき、人事にはいったい何ができるのだろうか。どのように職場に関与したらよいのだろうか。それを考えるためには、状況をもう少し詳しく知る必要がある。
「社会人として最低限のことをやらないとダメ」はほぼ禁句
人事は、X課長や周囲の先輩たちにさらに詳しく話を聞いた。その結果、次のようなことが分かった。
実はCさんは、今の職場に配属された直後はそれなりに張りきっていたのだという。「将来はこんな仕事をやってみたい」「こんなプロジェクトを任されてみたい」といった夢を語っており、周囲ともコミュニケーションを取っていた。
ところが、配属から2ヵ月後に転機が訪れた。この頃、CさんはOJTの一環として、職場の先輩とともにあるプロジェクトのメンバーになった。このプロジェクトは社内であまり目立つものではなかったが、部署の基幹業務の改定にかかわる重要な仕事だった。Cさんは先輩の補佐役として、タスクを取りまとめて関係者に連絡を入れたり、スケジュール調整を行ったりする仕事を任された。
しかしCさんは、アサイン当初からこの仕事に積極的になれない様子だった。地味な仕事であることは確かで、本人がやりたいことではなかったのだろう。注意散漫で同じミスを何度も繰り返し、それに対するリカバリーや謝罪もおざなりになっていた。ついにある日、プロジェクトで協働する営業部からクレームが入った。そこで先輩がCさんに「仕事なんだから、ちゃんとやろう」「社会人として最低限のことをやらない限り、自分のやりたいことなんてできないよ」「自分が何をしたいかなんて二の次だ」などと指摘するようになった。そこから徐々に、Cさんが距離を置くようになったのだという。
さて皆さんは、このエピソードで、先輩に1つ大きな問題行動があることが分かるだろうか。実は、「社会人として最低限のことをやらないとダメ」という発言は、現代の若手に対しては要注意センテンスなのである。Cさんに限ったことではなく、この類のセンテンスに拒否反応を示す若手社員は多い。ほとんど禁句といってもよいくらいの言葉なのだ。
しかし、マネージャークラスはむしろ本当に「社会人として最低限のことをやらないとダメ」だと考える人が多いため、ついつい言ってしまって、若手社員との関係がこじれるケースがよく見られる。
実は、Cさんは「夢や目標に向かって、皆で一体感を持って取り組みたい」といった志向を持つ若手社員で、「個性を尊重し合う」「対等な関係性」を好む「創造重視タイプ」だった(図表1)。リクルートマネジメントソリューションズの調査によれば、このタイプの分布率は世の中の4分の1ほどを占めており、どの職場でも少なくないはずだ。
Cさんは、X課長や先輩たちが、社会人として最低限のことをやらないと自分を認めてくれないと知ったとき、ここは「個性を尊重しない職場」「対等な関係性でない職場」だと認識したのだ。それで、職場や上司・先輩に対する警戒心が一気に高まったのである。
さらに、Cさんが「1人で悩みを抱え込んでしまった」ことで、警戒心やネガティブな気持ちに拍車がかかってしまったようだ。こうしたときに1人で悩みを抱えこむと、上司や先輩に対する思い込みや決めつけがいっそう進み、周りを避けるようになってしまうのである。