荒金泰史氏の前連載「経営人事とエンゲージメント再考」も公開中。
30歳前後はキャリアに迷いが生じやすい時期
最初に、ある事例を紹介する。
D社の人事は、あることに問題意識を持っていた。毎年のエンゲージメントサーベイで、「30歳前後の社員の勤続意向の得点がずっと低い」ことだ。とくに今年は、例年以上に得点が低下していた。実際に、現場からも20代後半~30代前半社員の退職・異動・キャリアに関する相談が多く入っていた。このままではマズイと感じた人事は、勤続意向の得点がとくに低かったTさんと早速面談した。
面談で、Tさんは次のように語った。
「このままD社にいつづけて、自分が順調に成長できるのかどうかが分からず、不安です」
「私がD社で、今後どのような仕事をしていくのかはなんとなく見えています。それは自分がやりたいことかというと、そうでもない気がします」
「私が管理職になるのは先の話ですから、昇進を期待して残るのはナンセンスです。それに先輩たちの姿を見る限り、管理職のキャリアにはそれほど魅力を感じません」
「学生時代の友人は、それぞれ自分らしいキャリアを獲得しているように見えます」
「私は他社や他業界のことに詳しくなく、友人や同期に後れを取っているのではないかという焦りがあります」
「そこで現在、転職サイトに登録して情報収集を行い、さまざまな会社・業界について学びながら、転職活動を進めているところです」
「実はいま、2社の最終面接まで進んでいます」
実は、30歳前後のビジネスパーソンには、Tさんと同じようにキャリアに迷っているケースがよく見られる。付け加えると、「会社の将来が不安だから転職を考えている」人も多い。さまざまな理由から、キャリアに迷いが生じやすい時期なのだ。
困ったことに「なんとなく転職」はよく決まる
この事例のポイントは、Tさんの「キャリア意識が明確でない」ことだ。Tさんは、やりたいことが明確にあるわけではない。しかし現在、やりたいことができている実感を持てておらず、なんとなく転職したほうがよいのでは、と考えている状態にある。その状態で転職しようとしていることに一番の問題がある。
最近は日本でも「キャリア自律」が求められているが、実際はTさんのようにキャリアイメージが曖昧なまま、「なんとなく転職したい」と思っている30歳前後の社員はかなり多い。しかし、このタイプの転職は、給与・待遇が上がらないことが多く、転職満足度が低い傾向がある。そのため、Tさんのような人が焦って転職すると、次の転職先でも「ここではなかった」と思い、結果的にいつまでも理想を追い求め続けるジョブホッパーとなってしまいがちだ。
以上の傾向はデータからも見て取れる。図表1によれば、まさにTさんのような転職前の仕事や会社への満足度、成果が低い人たち(低適応群)は、「会社の将来に不安を感じた」の選択率が最も多く、次いで「会社の経営方針や方向性に疑問を感じた」「担当している業務に意義を感じられなかった」が多かった。こうしたネガティブな想いだけで転職しても、転職先でうまくいかないのは自明である。
しかし困ったことに、Tさんのようなタイプの「なんとなく転職」でも、次の就職先はよく決まる。なぜなら、日本は慢性的な人材不足にあり、一定の社会人経験がある30歳前後の人材を採用したい会社が山ほどあるからだ。そのため、軽い気持ちで転職を決めるケースがよく見られる。