技だけでなく心・体にも注目を
——昨今、「人的資本」とそこに紐づく施策に対して注目が集まっていますが、人的資本開示の義務化だけでなく、本質的に企業の経営戦略上の必要性の高まりが背景にあると思われます。企業側から見た「人的資本」にどのような変化やニーズがあるのか、お聞かせいただけますか。
20年前までの人口が増加傾向にある時代は、人材の流動性が進む中、多少退職者があっても求人をかけて補充すれば、組織も事業も成り立っていました。しかし、ご存知のとおり、人口が減少傾向にある今では人材確保が難しくなり、かつ社内で育成したとしても常に流出のリスクが伴います。この悪循環を断ち切るには、現在または将来の会社のビジョンに沿って、人材を「資本」として大切に育てていくことが重要です。
しかも、人材は「資本」といいつつ、モノやお金と違って、「投資すれば見返りがこのくらいある」という見込みが非常に予測しにくい。想定以上に成果を上げることもあれば、想定に満たないこともあります。しかし、そうした「バラツキのある資本」が実際に成果を上げていくために、さまざまな方法や取り組みが進められていますが、むやみに行っても効率的とはいえません。
よくスポーツでパフォーマンスを高めるための要素として「心・技・体」が挙げられますが、まさに仕事についても同じことがいえると思います。ただ多くの場合、「仕事のスキル=技」がフォーカスされる一方、「心・体」については個人の自己管理に委ねられる傾向がありました。従業員を「人的資本」として捉え直した場合、心・体も含め、ケアやサポートを行うことが企業にもプラスになることが明らかです。
並行して、1人ひとりまたは組織全体の「心・技・体」を可視化する技術や体系化が進みつつあります。自社の「人的資本」の状況を的確に把握し、改善や強化に戦略的に投資していくことが、“重要な経営の仕事”となっているわけです。
——人材に関わる施策ということで人事部の領域と思われがちですが、実際には経営が取り組むべき領域なのですね。では、人事部はそこに対して、どのような役割を果たすべきとお考えですか。
最も大切なことは、経営の投資判断をより正確に行えるように従業員の状況を測定し、可視化して共有することだと思います。指標としては、最近会社との関係性を表す「エンゲージメント」という考え方が注目されていますね。まさに「心・技・体」の状態がダイレクトに結び付き、どれが欠けても、会社との人材の関係性=エンゲージメントを良好に保つことは難しくなります。
ただし、エンゲージメントという指標は、人と会社の関係性の「状況を捉える」ことにおいては有効ですが、それだけでは、エンゲージメント自体を高める方法は分かりません。何が欠けているのか、どんな施策が必要なのかを具体的に考えるためには、エンゲージメントの土台となる「心・技・体」の状態を知る必要があります。技については「スキルマップ」、体については「健康診断」「人間ドック」、そして心については「ストレスチェック」を活用して、「心・技・体」の状態を可視化し把握することが大切です。
年に1度のストレスチェックからメンタルの状態を引き出せる
——ストレスチェックは厚生労働省が開発したものですね。どのようなことが分かるのですか。
ストレスチェックには「57項目版」と「80項目版」があります。広く用いられているのは57項目版で、「非常にたくさんの仕事をしなければならない」や「勤務時間中はいつも仕事のことを考えていなければならない」などの質問により、基本的なストレスをチェックできます。一方、80項目版は「感情面で負担になる仕事だ」や「私は上司からふさわしい評価を受けている」など、ストレスの原因を特定するのに有効な質問が追加され、改善策を見つけやすくなっています。
従業員50名以上の会社であれば、健康診断と同様、年に1回はストレスチェックを実施することが義務付けられています。ただ実は、ストレスチェックをうまく活用できている企業はそう多くありません。技術的にはストレスチェックからメンタルの状態を引き出す方法が確立されており、エンゲージメントとのクロス解析から、何がどう影響しているのかも推測することが可能です。また、これらで明らかになった問題をさらに深掘りするためのピンポイントの検査法や改善策も用意されています。
自社のIRにストレスチェックの状況を掲載するかどうかは、また別の判断ですが、人的資本経営においては、資本である人材の心の状態を把握するための手法として活用しない手はないと思います。人事だけがストレスチェックの結果を保持していることが多いのですが、経営層までしっかりと共有し、現状を把握し、戦略的に改善・強化に取り組んでいくことが必要です。
【参考】80項目版ストレスチェックから出せる「人的資本経営に活かせる項目」
- ワークセルフバランス
- 成長の機会
- 経済・地位報酬
- 尊重報酬
- 上司のリーダーシップ
- 上司の公正な態度
- ほめてもらえる職場か
- 失敗を認める職場か
- 経営層との信頼関係
- 変化への対応
- 公正な人事評価
- 多様な労働者への対応
- キャリア形成
- 職場のハラスメント
——まだ日本の経営層には、人材の「心」を把握する大切さ、「ストレスチェック」の有効活用が浸透していないということなのですね。三宅さんとしては、今どのような働きかけをされているのでしょうか。
もちろん、地道にさまざまな場面で提言は行っているのですが、ちょっと飛び道具的に、「有名企業の人的資本の開示で、ストレスチェックを導入するとどんな分析がかなうのか」について、勝手に分析してみた結果を公開してみたいと思っています。たとえば、「男女比」は人的資本の情報開示でよく公開されている数字ですが、男女別にエンゲージメントの数値を出し、そこに紐づく「金銭的報酬に対する満足度」などに加えて、ストレスチェックから「心の状況」などを見ていくことができれば、「その会社がどのくらい働きやすいのか」について説得力をもってアピールすることができるでしょう。
各業界に精通したコンサルタントからアドバイスをもらえる「ストレスチェッカー」
——御社はストレスチェックを行うサービス「ストレスチェッカー」を提供されています。その内容を教えてください。
57項目版または80項目版のストレスチェックを、紙のマークシートまたはWebサイトで受検できるようになっており、それらを人事部または経営企画部などから従業員の方にアナウンスしてもらい、受けてもらうという流れになっています。そして後日、個人の結果と組織全体の結果、ならびに全国平均をまとめたレポートを提出します。
しかし、結果の数値だけ見ても自社の状態は分かりにくいですし、全国平均は出ていても、それと比較したところで実態がよく分からないのは同じでしょう。当社は6000社にストレスチェッカーを提供しており、その結果をもとに、該当する業界別や規模別での平均値などを算出して共有し、それぞれの業界に精通したコンサルタントからアドバイスを行っています。これは当社のサービスの最大の強みといえると思います。
その他のアウトプットとしては、各個人のストレスチェックの結果のほか、性別・年齢層別、職種別・職員別・雇用形態別などさまざまな切り口で組織全体の状況をお知らせしています。また、部門別などの総合健康リスクが「偏差値」という形で示され、加えて上司や同僚のサポートレベル、職場環境なども出てくるようになっています。
いずれも権限設定によりWebサイトで閲覧ができ、個人・人事部門はもちろん、各部門や経営層にも共有しやすくなっています。そこで、たとえば部門で問題や原因と思われることについて共有し、同部門の責任者などとデータを見ながら改善策を講じたり、個人面談からさらに状況を聞いたりして、具体的な施策につなげることも容易です。
なお、当社が6000社、それも官公庁からIT、スポーツや農業まで多種多様な業界・規模の企業にご利用いただいている理由としては、1人250円という低価格も大きいと思います。この価格設定は、もう多くの方にご利用いただいているからとご説明するしかないですね。
また、まずは体験だけしてみたいという方に、基本的な57項目が全て受けられる無料版も用意しており、そちらもご利用いただけます。ただ、先ほど申し上げたように、数値をどのように見ればよいのか分からないと思うので、メンタルヘルスの専門医がいるなど、自社で対応が可能という以外は有料版をおすすめしています。当社のストレスチェックは厚生労働省のガイドラインに即しているので、そちらを読み解きながらご利用いただくことも可能ですが、ほとんどの企業では有料版をご利用いただいています。
心が人的資本経営の要
——すでに6000社が利用されているということですが、近年ではどのような会社がストレスチェッカーを導入しているのでしょうか。かつてと変化はありますか。
かつては、人的資本経営という言葉が出てくる前から人材活用に積極的な企業様と、離職が多くて強い危機感をお持ちの企業様という、両極端な企業様に多く利用していただいていました。今は「人的資本経営」のためにお問い合わせいただくことが多いですね。さらに最近は、オプションサービスである「集団分析のコンサルタントレポート」などの依頼も増えており、人的資本への関心が高まっていることを実感しています。
たとえば、飲食店を経営する企業様の利用が増えています。以前は非正規雇用も多く、短期間の雇用が多かったと思うのですが、できるだけ長く意欲的に働いてもらうことを考えてストレスチェックを受けたいのだそうです。ある企業様では、仕事内容や待遇などは変わらなくてもストレスチェックの結果が良い店舗と悪い店舗を明らかにし、その原因究明と対策を実施したところ、働く人の意欲がかなり改善されたと聞きました。逆にそうした企業様からは知見を共有いただき、私たちも大変勉強になっています。
ただ、多くの企業様は「新しい発見」があったというよりも、「なんとなくそうだろうな」と思っていたことが可視化されたと言われます。でも、現場ではそう思っていても経営は気づいていなかった、人事は感じていても現場の個人は自覚がなかったというということもあり、やはり「可視化と共有」は組織経営において必須なのだなと、改めて感じています。また、「頑張って改善施策をしているけれども、効果があったのか分からない」という企業様から、経年でストレスチェックを受け続けたことで変化を感じ取れた、という声もありました。
——人的資本経営にはPDCAが必要であり、そのためにもまずは現状を把握し、一定期間での変化の確認が必要ということですね。
はい、個人的には技や体以上に、心が人的資本経営の要だと思っています。ぜひとも、「ストレスチェッカー」の有用性を認識いただき、人的資本経営に役立てていただければと思います。
——本日はありがとうございました。