「信頼構築」は古くて新しいテーマ
前回は、「心理的安全性」がなぜ昨今で重要視されるようになったのか、その背景の分析とともに現場での定量把握のコツを見てきました。心理的安全性は、流動的(スリッピー)な現代社会を賢く生きていくために不可欠な「インフラ」となります。ただそれは、皆がそう思っていたとしても案外と失われやすいものでもあり、現状把握が重要であることも説明しました。
心理的安全性が失われやすい理由はいくつかありますが、大きくは、
- もともと心理的安全性が必要とされていない時期が長かった
- 何かのきっかけで疑心暗鬼が生じると、損失回避の心理が働いて心理的安全性を信用できなくなる
という2つが挙げられます。
「安心社会」システムとは
心理的安全性が失われやすい理由の(2)に関しては前回説明をしました。ここでは、そもそもとなる(1)に関して少し解説を加えたいと思います。
事象の不確実性が小さく、右肩上がりの成長が半ば自明であり、人々の役割も固定的である環境では、心理的安全性は必ずしも必要ではありませんでした。各自は事前に決まっている各自の役割を全うするか否かに集中をすればよい状況であり、協業があったとしてもそれは複雑性の小さなプロセスでした。会社であれば、基本的に上司や年長者に従っていればよい組織です。それは、所属や序列が固定的であればあるほどスムーズに回ります。
この秩序の安定性を社会学博士の山岸俊男は「安心社会」と呼びます。日本および伝統性が根強く残る社会では、この安心社会のシステムが安定的であり、それに個々人は最適化して行動していくことで強固な秩序となります。専門的には、ゲーム理論の用語でいう「ナッシュ均衡[1]」に到達します。
このケースの均衡に至るプロセスには、必ずしも心理的安全性は必要がありませんでした。むしろ固定的な階層秩序による暗黙の了解が正解とされ、それを壊すような意見は歓迎されないものですらありました。
この安心社会の秩序によってかつての日本企業は大成功し、その成功体験は個人の記憶としても組織文化としても蓄積されて今日に至っており、それが機能する環境においては(たとえば日本の高度経済成長期には)絶大なパフォーマンスを発揮する社会システムでした。
注
[1]: ナッシュ均衡とは、与えられた利得条件に対して、最適化されて不動でいることが最大の利得となる状態を指す。「利得条件」は職場においては評価制度設計や評価環境、インセンティブなどに相当する。