2. 裁判所の判断
(1)Xの業務の過重性について
①A1課A2係配属当時における業務の過重性
Xは、A1課A2係に在勤中の平成27年3月から同年4月にかけて、1ヵ月当たり150時間を超える時間外勤務に従事していた。
また、その間に13日間(同年3月23日から同年4月4日まで。そのうち9日間は退庁時間が午後10時を過ぎていた)、連続勤務を含む業務に従事したことが認められる。
この時間外勤務時間は、Y県が奈良県職員労働組合との間で、ワークライフバランスを推進するための目標として設定した月30時間の約5倍に及ぶものである。
この時期の業務量は、相当に多かったものといえる。しかも、上記期間の前にも、50時間を超える時間外勤務が2ヵ月続いていたことが認められる。
そのうえ、その後の事実経過からは、上記期間後にも深夜に帰宅せざるを得ない状況が続いていたことが認められるから、Xは、かなり過酷な勤務状況に置かれていたといえる。
XがA1課A2係において担当していた、主たる業務である給与システムに関する業務は、パソコンを操作して電子計算システムに数値を入力し、確認する事務作業であり、専門的な知識や技能を要するものではない。
しかし、教職員の給与支給に関する業務で、給与支給日に間に合うよう正確な給与額を算出する必要があり、集中力と忍耐力を要する業務である。
そして、パソコン上のシステム操作に苦手意識を持っていたXにとっては、心理的負担が大きい業務であったといえる。Xは、そのまじめで几帳面な性格から、業務において理解が及ばない事項をそのままにすることができなかった。
そのため、ストレスを感じながらもシステム操作に関する疑問点を自分なりに理解しようと努力したことも、長時間勤務に至った一因であると認められる。
しかし、このような仕事への苦手意識や取り組み姿勢は、一般的な社会人として通常想定される個性を逸脱したものとはいえない。
長時間勤務の要因として、上記のような事情があったからといって、平成27年3月から同年4月にかけてのA1課A2係における業務の過重性が否定されるものではない。
そうすると、A1課におけるXの業務、とりわけ平成27年3月から4月にかけての業務は過重なものであったと認められる。
②B1課配属後の業務の過重性
Xの死亡日前6ヵ月間における1ヵ月当たりの時間外勤務時間は、平均して70時間を超えるものであり、相当長時間の業務が常態化していたものと認められる。
B1課B2係において、Xが主に担当していた土砂災害警戒区域の指定は、政策的な判断やシステム操作を伴うものではなく、特別な知識や技能を要しない事務作業が中心であった。
しかし、同区域の指定は私権制限につながるものであり、実体判断はしないものの、表記を間違えればその影響は小さくない。
数値目標もあったことから、Xは、間違いのないように成果物を慎重に確認しつつ、遅滞を招かないように真摯に仕事に取り組んでいた。
その精神的な緊張は相応のものであったといえ、業務負担は軽いものとはいえない。
B1課における業務においても、Xの性格が業務負担にー定の影響を及ぼしていたことはうかがえる。
しかし、一般的な社会人として通常想定される個性を逸脱したものとはいえないから、このことは業務の過重性を否定する事情とはいえない。
したがって、XのB1課における死亡前6ヵ月間における業務も過重なものであったと認められる。
(2)業務の過重性とうつ病の発症および自殺との因果関係について
①業務の過重性とうつ病の発症との因果関係
精神障害認定基準によれば、精神障害の発病時期については、特定が難しい場合がある。
ただし、そのような場合でも、できる限り時期の範囲を絞り込んだ医学意見を求めて判断し、強い心理的負荷と認められる出来事の前と後の両方に発病の兆候と理解し得る言動があるものの、どの段階で診断基準を満たしたのかの特定が困難な場合には、出来事の後に発病したものと取り扱うものとされている。
本件におけるXの勤務状況を見ると、Xは、恒常的に長時間勤務に従事していたところ、平成27年3月23日から同年4月4日までは、13日間連続勤務をし、その大半の期間が深夜勤務に及んでいた。
そして、当該期間の1ヵ月当たりの勤務時間が100時間以上に及んでいた。
Xは、この半年以上前から、業務の負担による疲労感をたびたび吐露し、A1課からの異動を希望し、このころにもH課長補佐に給与システム担当に対する不安を述べ、異動希望を伝えていた。
Xは、上記の連日に及ぶ長時間勤務の直後にうつ症状を訴えてクリニックを受診し、担当医は、うつ病の発症時期を平成27年4月ごろと判断している。
これらのことからすると、Xは、A1課における過重な業務による長時間勤務が強い心理的な負荷となって心身の不調を来し、同年4月上旬頃にはうつ病に罹患したと認めるのが相当である。
したがって、A1課における過重な業務とXのうつ病の発症との間には、因果関係が認められる。
②業務の過重性と自殺との因果関係
H課長補佐は、Xがうつ病を発症したころ、その事実は把握していなかったものの、Xの異動希望の訴えおよび業務に関する意向を踏まえて、平成27年4月以降、給与システムのサポート職員を2名追加で配置するなど、Xの業務負担の軽減につながる事務分掌の変更をした。
一方で、Xは、同月にクリニックに3回通院した後は、通院を自主的に止めた。
しかし、Xについては、その後も帰宅が深夜に及ぶことになる長時間の時間外勤務が続いた。
平成27年10月には、Xの祖母がY県人事課を訪問し、Xの帰宅時間が深夜に及び、奇行が見られるとして異動を強く要望した。
そのころ、XもI係長に対して「病院にかかりたい」などと相談したりした。
また、同年12月から平成28年1月ごろにかけてのH課長補佐との人事評価面談の際に、Xが業務負荷を理由に降格および異動を希望するなど、業務の負担は依然として大きかったものと認められる。
Y県は、Xの祖母の来訪やXの異動希望等を考慮し、本来の異動期ではなかったものの、人事課に対し、Xの異動が可能である旨の意見を出した。
Xは、平成28年4月、B1課に異動したものの、不眠、憂うつ、疲労感を訴えて、すぐにクリニックへの通院を再開した。
恒常的な時間外勤務を伴う長時間労働から解放されることがないまま、通院を継続し、平成28年11月から死亡に至るまでの約6ヵ月間の時間外勤務時間は月平均70時間程度に及んでいたのである。
以上の事実経過によれば、Xは、平成27年3月から4月にかけての過重労働によりうつ病を発症した後、一時的に通院頻度が減少した期間があったものの、恒常的な長時間労働から解放されることはなく、うつ病の状態が改善されないまま、B1課でも長時間の業務に従事することとなり、さらなる過重業務による心身の負担にさらされた結果、自殺するに至ったと認められる。
なお、Xは、平成16年と平成21年にうつ病でクリニックに通院歴があったが、その後は私生活においても心身の健康を損なうような出来事はなく、最終通院日から本件のうつ病の発症まで約6年が経過していることから、本件のXのうつ病の罹患および自殺が過去のうつ病の影響によるものとは認められない。