(3)Y県の国家賠償法1条1項に基づく責任(心身の健康に関する安全配慮義務違反)および民法415条に基づく責任(安全配慮義務違反)の有無について
①Xのうつ病罹患について
平成26年10月から平成27年2月にかけてのXの時間外勤務の時間を見ると、1ヵ月当たり60時間を超える月もあったものの、30時間程度の月も見られ、Xがうつ病に罹患する前の6ヵ月間において、過重な長時間業務がうつ病の発症を予見できる程度に常態化していたとまではいえない。
Y県は、平成27年3月から同年4月にかけて、Xの業務量が過酷なほどに増加したことは認識していたものと認められる。
しかし、Xは精神科医院に通院を要するほどの心身の不調を明確に上司らに訴えたとは認められず、Xの業務の進捗状況にも問題がなかったことなどからすると、このころに、上司らがXの勤務態度等から精神疾患の発症を疑ってしかるべき状況にあったとは認められない。
そうすると、Xがうつ病に罹患したことについて、Y県に国家賠償法1条1項の適用上違法と評価され、または民法415条に当たると認められる安全配慮義務違反があったとはいえない。
②注意義務違反について
Y県は、Xがうつ病を発症する前の平成26年7月ごろ以降、職員組合からの情報、上司との面談の際のXの発言から、XがA1課における業務を負担に感じ、心身の健康が危ぶまれる状態にあることをうかがわせる情報を得ていた。
しかし、B1課においてXを恒常的な時間外勤務に従事させる中で、Xの当時の上司は、平成28年12月13日付の産業医面談指導等結果報告書を受領し、Xが長時間に及ぶ過重労働の継続により疲労が蓄積し、抑うつ状態で治療中であるため、今後の措置として、これ以上長時間の時間外勤務が生じないように、職場における対策と配慮が必要であるとの意見の提示を受けたことが認められる。
そうすると、Y県は、遅くともこの時点において、A1課からの異動によっては、Xの業務負担に起因して生じた心身の健康が危ぶまれる状態が解消されておらず、むしろ長時間の過重労働による疲労の蓄積の結果、精神疾患を発症して治療中であり、医学的見地から長時間の時間外勤務を避けなければならないことを認識したといえる。
Y県(Xの所属長であるB1課課長)は、早期の帰宅の呼びかけ等で業務量の軽減をXの自由意思に委ねるのみならず、Xを長時間の時間外勤務に従事させないための具体的な措置(担当事務の変更や分担事務量の軽減等)を講じるべき義務(安全配慮義務)が生じたといえる。
それにもかかわらず、Y県(B1課課長)は、Xの時間外勤務を軽減するための実効的な措置を講じておらず、その結果、Xは、産業医の面接指導後約6ヵ月にわたり、長時間の時間外勤務に従事し、自殺するに至ったのであるから、Y県(B1課課長)は当該注意義務に違反したと認めるのが相当である。
③Y県の主張を認めず
Y県は、産業医の前記報告書を受け取った当時におけるXの勤務状況は良好で、その成果物にも問題がなく、面談の際にXが体調面に問題がないと答えたことなどから、Xが死亡することについて予見可能性がなかった旨主張する。
しかしながら、上記報告書をXの上司が受け取った時点においては、Xが長時間労働を伴う業務負担に起因したうつ状態にあることは認識することができた。
うつ状態にある者がその原因となった長時間労働に引き続き従事させられれば、自殺を図ることがありうることは予見可能であったといえるから、上記事情をもってY県の予見可能性を否定することはできない。
また、Y県は、産業医の面談指導等結果報告書を受け取った後、Xとの面談を実施し、改めてXの業務状況を注視する、早期の帰宅を呼びかけるといった業務軽減措置を講じた旨主張する。
しかし、これらの措置は、Xの性格等を考慮すると、その業務軽減を図るうえで十分なものとはいえない。
Y県は、同報告書等においても「平常勤務(全く正常生活でよいもの)」との判定がされている以上、その後もXを時間外勤務に従事させたとしてもY県にXの死亡についての予見可能性はな<、結果回避義務違反もなかった旨主張する。
しかしながら、産業医は、長時間労働を契機とする面談指導等の結果報告書において、現状以上の時間外勤務が生じないように配慮する旨指摘したことに加えて、ストレスチェックに基づく医師面接の結果報告において、「就業場所の変更が必要である」旨指摘している。
上記報告書における「平常勤務」の記載が、月平均70時間程度に及ぶ時間外勤務を許容する趣旨の記載であるとは解されないのであり、上記の記載をもってY県の予見可能性や結果回避義務違反を否定することはできない。
したがって、Y県において、平成28年12月13日以降、Xの心身の健康が危ぶまれる状態にあることを認識し、Xの死亡結果についても予見可能であったといえる。
精神疾患の増悪を防止する措置を十分にとらず、同人を自殺に至らせたことについて、国家賠償法1条1項に基づく責任(心身の健康に関する安全配慮義務違反)および民法415条に基づく責任(安全配慮義務違反)があるというべきである。