「やらされ」を「当事者」に変える——巻き込みの順番と言葉
では、どうやってトップを巻き込むのか。筆者が支援の現場で徹底しているのは、次の順番です。
- 経営者自身の切実な業務課題を、1つ特定する
- 説明ではなく、その課題の一部をAIに任せてみる30分の体験を用意する
- 最初の成功体験を、経営の言葉に翻訳する
- 号令は、人事ではなく本人に出させる
よくあるつまずきは、この順番が逆になることです。資料で「AI活用の必要性」を説明し、他社事例を並べ、投資の承認を求める。体験より先に説明と承認依頼だけで進めると、経営者は評論家の席に座ったままになりがちです。
[画像クリックで拡大表示]
筆者は経営者向けのAI壁打ち支援を仕事にしていますが、この支援の相手は経営者に限定しています。理由は2つあります。第1に、経営者は自分の課題とやりたいことが明確なので、AIの効果が最も速く、最も深く刺さる。第2に、どれだけ現場を支援しても、経営者本人が熱狂していなければ、全社への広がりが結局止まるからです。遠回りに見えても、トップ本人から始めるのが最短距離だというのが、筆者の結論です。
実行の型の例
実行の型はシンプルです。まず、経営者本人が日常的に負担を感じている業務——会議の準備、レポートの読み込み、判断材料の収集など——から1つ選びます。「発生頻度が高い」「本人が自分でやっている」「文書・調査・整理が中心」あたりが選びやすい目安です(すべてを満たす必要はありません)。
次に、その業務の実物(直近の会議資料や実際のレポート)を使って、AIに一部を任せたら進め方がどう変わるかを、本人の目の前で見せる30分をつくります。デモ用の架空データでは「うちの話」になりません。ただし実物を使う以上、情報管理は前提です。社内で利用が承認されたAI環境を使い、機密情報や個人情報は社内規程に従って除外・マスキングしてから行います。準備は人事が1人で抱える必要はなく、情報システム部門や社内のAIに詳しい社員と組んで構いません。業務上使える品質かどうかは、その業務を最もよく知る本人がその場で見るのが、最も早い判定です。
体験のあとに確認するのは、感想ではなく次の2つです。「この品質なら、どこまで任せられそうか」「これが全社で回ったら、何が変わるか」。前者は、第1回で述べた「準備と実行はAI、方向づけと判断は人」の線引きを本人が引く問いであり、そして後者への答えこそが、成功体験を経営の言葉に翻訳したものになります。
翻訳には、もう1つ即効性のある型があります。体験した業務の頻度と所要時間から月間の工数を出し、「人が担えば月いくら分か」に換算して見せることです。筆者の経験では、この換算を出した瞬間に、経営者の顔つきが変わります。感想は忘れられますが、時間が金額に換算されると、経営者の頭から消えません。
【コラム】国内事例
デザイン会社のグッドパッチでは、CEOの土屋尚史氏自身が、年間約300万円を支払っていたSaaSとほぼ同等のものをAIコーディング支援ツール「Claude Code」でほぼ1日で再現し、その後1ヵ月で20個以上のアプリケーションを自作しました。この体験を経てから事業部のメンバー全員(バックオフィス部門などを除く)に「Claude Codeを使ってアプリケーションを1つつくり、デプロイ(公開)まで行ってください」と大号令をかけたところ、185名が217個のアプリケーションを開発し、コーディング経験ゼロの社員57名のうち49名がデプロイまで到達しました[8]。注目したいのは順番です。号令が先にあったのではありません。トップ自身の体験と感動が先にありました。
注
[8]: 土屋尚史氏(グッドパッチCEO)note「全社へのClaude Code大号令」
また、言葉の設計も重要です。経営会議に持ち込む議題を「AI活用の推進について」としてしまうと、IT部門の報告事項として処理されやすくなります。「AIを前提に、わが社の意思決定と権限をどう書き換えるか」——つまり組織OSの議題として出すことで、経営課題として扱われる入口ができます。
人事が経営に渡すべき「3つの経営議題」——顧客・人材・意思決定
体験によって当事者意識がめばえ始めた経営に、人事が次に渡すべきものは「議題」です。それも、AIの議題ではなく経営の議題です。(次図)
[画像クリックで拡大表示]
1つ目は顧客にかかわる事業戦略の議題、
人材ポートフォリオと権限・会議体の設計は、人事が論点を提示し、経営企画・IT/AI部門・リスク管理などの関係部門と共同で設計を進められる領域でもあります。経営に議題を渡すことは、前回述べた「人事が変革の共同責任者として中心に立つ」ことの、最初の具体的な形なのです。
この記事は参考になりましたか?
- AIネイティブ組織へ——人事が主役の「組織OS」アップデート連載記事一覧
-
- トップの熱狂をどう設計するか——経営者をAI導入の「当事者」に変える人事の動き方
- なぜAI導入の成否が人事にかかっているのか?AIネイティブ組織をつくる「組織OS」という視...
- この記事の著者
-
森 謙吾(モリ ケンゴ)
AINative株式会社 CEO
元PwCコンサルティング 人事コンサルタント / 人事評価SaaS「ハイマネージャー」創業者
慶應義塾大学法学部卒。PwCで4年、人事制度コンサルティングに従事。その後、人事評価SaaS「ハイマネージャー」を創業し、創業から約5年の経緯を経て、2023年にキュービック株式会社へ...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

