2011年の創業時にはインターネット広告代理店だったという株式会社wevnal。現在は、ブランド体験(BX)の向上を通じてLTV(顧客生涯価値)の最大化を図るBXプラットフォーム「BOTCHAN(ボッチャン)」を開発・提供するSaaSベンダーだ。インターネット広告代理店からSaaSベンダーへピボットしていく中で、組織を営業主体からエンジニア主体へ変革することになったという同社。どのように実行したのか。wevnal 代表取締役CEO 磯山博文氏に話を聞いた。
エンジニア1人からSaaSベンダーを目指した
――なぜ広告代理事業からSaaS事業へとビジネスを切り替えようと思われたのでしょうか。
広告代理事業は、広告商品を仕入れて売るというマージンビジネスで、競合もたくさんいます。そうした中で戦うため、弊社はマージンを下げたり、対応時間を広げたりして、競合との差別化を図りました。おかげで、創業から5年で売上を大きく伸ばすことができました。
しかし、このやり方には限界がありました。メンバーは疲弊し、離職率も40%ほどにまで上がっていたのです。「今のやり方で続けるのは、もう無理だ。競争優位性のある“新しい武器”を作らなければ」。そう痛感していました。
株式会社wevnal 代表取締役CEO
2008年4月 大手インターネット企業入社
2011年4月 株式会社wevnal設立 代表取締役就任(現職)
――そこからすぐ、BOTCHANの開発に乗り出されたのですか。
2年くらい紆余曲折がありました。当時のトレンドだったAIやIoT、コンテンツマーケティングなど、いろいろなものに手を出しました。今ひとつ、これに賭けようという決め手がない中で、「せっかく長年、マーケティング領域でビジネスをしてきたのだから、Web接客ができるチャットフォームを作るのが、一番自分たちらしいな」と思い、そこから2〜3年かけてBOTCHANの開発を進めていきました。
――当時は、まだ営業主体の組織だったんですよね。
はい、全社で30名くらいいて、そのうち約半分が営業でした。残りの半分は(広告の)運用コンサルタントです。本当にマンパワーに依存した属人的なビジネスをしていましたね。
――エンジニアはいなかった?
CTOの1人だけでした。
――何かを開発しようにも、リソースが足りない気がします。
自社サービスを何にしようかと模索していたとき、副社長とともに東南アジアへ視察に出かけたのですが、オフショアでラボ型開発を進めるのはどうか、という案が出ました。日本国内でエンジニアを採るのは難しく、予算的にもそれが一番よいだろうと、ベトナムにある日系の会社とパートナーシップを組むことにしました。そこから副社長とCTOがベトナムに半常駐しながら、パートナーとともに5〜6名のラボを立ち上げていきました。
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野本 纏花(ノモト マドカ)
フリーライター。IT系企業のマーケティング担当を経て2010年8月からMarkeZine(翔泳社)にてライター業を開始。2011年1月からWriting&Marketing Company 518Lab(コトバラボ)として独立。共著に『ひとつ上のFacebookマネジメント術~情報収集・人脈づくり・セルフブランディ...
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市古 明典(HRzine編集長)(イチゴ アキノリ)
1972年愛知県生まれ。宝飾品会社の社員、辞書専門編集プロダクションの編集者を経て、2000年に株式会社翔泳社に入社。月刊DBマガジン(休刊)、IT系技術書・資格学習書の編集を担当後、2014年4月より開発者向けWebメディア「CodeZine」の編集に参加。その後、2017年7月にエンジニアの人事をテーマとする「...
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