「内向きの現場」と「経営と現場をつなげない中間層」が生まれてしまう業界構造
食品製造業がたどってきた歴史も、この状況と無縁ではありません。ロングセラー商品を高い品質でつくり続け、安定した国内市場へ供給することで伸びてきた業界では、製造現場の関心はおのずと歩留まりや原価、出荷量といった日々の数字に向きがちです。ところが経営は、国内市場の頭打ちを受けて、健康価値の創出や高付加価値化、他社との協業、海外展開、生産現場のデジタル化といった新しい方角へ舵を切ろうとしており、経営が描く絵と現場の日常との間には依然として隔たりが残ります。
そこへ原材料コストの上昇と慢性的な人手不足が重なり、課長は増産要請・コスト圧縮・人員のやりくりを同時に引き受ける立場に置かれます。その結果、経営が掲げる方針をかみ砕き、自分の言葉で部下へ橋渡しするための時間も気力も少しずつ削られていきます。さらに、健康志向やサステナビリティへの社会的要請は、「そもそも自社ならではの価値とは何か」という、戦略の根幹に触れる問いを現場へと投げかけています。
こうした構図は、数字にもはっきりと表れています。課長層でエンゲージメントと強く結びついているのは「戦略目標の発信と伝達」「経営陣に対する信頼」「自社の戦略や方針の伝達」。20代では「部署内役割責任の明示」「自社の戦略や方針の伝達」「階層間の意思疎通」が上位を占めます。
つまり、若手は「自分の担当する役割が会社の方向性とどうつながるのか」を知りたがり、課長は「経営の打ち出す戦略をどこまで信じ、腹落ちできるか」を問うている状況です。この2つの期待に応えられなければ、課長のモチベーションが下がり、課長から情報が共有される若手のエンゲージメントもいずれ低下するという負の連鎖が生まれてしまいます。
食品業界におすすめのエンゲージメント向上施策とは
では、どのようにエンゲージメント向上に取り組めばよいのでしょうか。ここで起点になるのは、最もエンゲージメントが低い課長層を引き上げることです。具体的なポイントは3つあります。
- 経営が掲げる戦略を、製造ラインや日々の業務で使われる具体的な言葉へ翻訳し直して伝えること
- 課長1人ひとりが「会社の戦略」「自部署が担う役割」「現場で取るべき行動」をストーリーとして描けるよう、自部署の戦略に組み込むこと
- 歩留まりやコスト・生産性といったものづくりの改善テーマと、組織風土や人材育成に関わるテーマとを、別々の会議に切り分けず1つの場で並べて議論できるようにすること
経営層自身が、足元の生産・コストの課題と、数年先を見据えた組織づくりとを同じ俎上に載せ、経営戦略と現場を接続する取り組みを行うことが有効です。
食品業界のエンゲージメント向上ストーリー――味の素、日清食品、キリンの例
実際に、食品業界の中でも人的資本経営を牽引する各社は、独自のアプローチで人材の活性化を進めています。
味の素:パーパスの「自分ごと化」で経営戦略と現場をつなぐ
味の素グループは、ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)を軸に、従業員1人ひとりが志に共感し、自らの仕事を社会価値・経済価値の創造へと結びつける「ASVマネジメントサイクル」を運用しています。従業員エンゲージメントスコアを2030年に85%へ高めることを経営指標として明示し、目標設定から振り返りまでを通じて「戦略の自分ごと化」を促進。中間層が経営戦略を翻訳して現場へ接続する仕組みづくりが評価され、日本の人事部「HRアワード2023」で優秀賞を受賞しました。データが示す「戦略の納得感」という食品業界の課題に正面から取り組む代表例です。
カルビー:1on1と独自指標で「中間層の対話」を仕組み化
カルビーは、管理職による1on1を徹底し、エンゲージメントサーベイのスコア改善を実現してきました。さらに、人的資本経営が企業価値に与える影響を定量的に評価する独自の指標である「全員活躍指数」(人的資本インデックス)を開発。中間管理職と現場の対話を制度として定着させ、施策の効果を数値で捉える仕組みは、課長層がボトルネックになりやすい食品業界において示唆に富んだ取り組みだといえます。
キリン:機能軸タレントマネジメントで「専門性×多様性」を育てる
キリンホールディングスは、「人的資本経営コンソーシアム」に発起人として参画し、ヘルスサイエンス領域への事業転換に合わせて専門人材の採用・育成を強化しています。キャリア採用比率や女性経営職比率を目標として開示し、営業・マーケティング・R&Dなど全機能ごとに人財を管理する「機能軸タレントマネジメント」を導入。事業構造の転換期に、専門性と多様性を兼ね備えた人材を計画的に育てる仕組みは、付加価値モデルへの移行を迫られる食品業界に重要な示唆を与えています。
おわりに
食品製造業は、業界全体では全国平均を上回る一方、中間管理職の停滞という構造的な課題を抱えています。
安定した国内需要を前提に「良いものを安定供給する組織」から、データと人を起点に「付加価値を共創する組織」へ進化するためには、現場の目標達成意欲、戦略の納得感、顧客起点の改善行動の3つを同時に高めていく必要があります。データが示すのは、変革の鍵が「中間管理職に挑戦意欲と、自社戦略を自分の言葉で翻訳する当事者意識を醸成すること」にあるということです。
会社がここに本気で踏み込んだとき、食品製造業界は再び、人々の健康と社会を動かす「次のおいしさと価値」を生み出していくはずです。

