グローバル先進企業が実践する「研修の経験学習化」
一方、グローバル先進企業では、研修を経験学習へと進化させる取り組みが始まっています。重要なポイントは次の3点です。
- 学習転移(自分事化)を促すコンテンツ
- 自律性を掻き立てる受講体験
- いつでも引き出せる知識化
1学習転移(自分事化)を促すコンテンツ
「学習転移」とは、学んだ知識を自身の業務やさらなる成長に結び付けることを指します。つまり、学習転移が起きるほど学びが「自分事化」され、実務で役立てやすくなります。
その学習転移には、「遠転移」と「近転移」という2つの考え方があります。
遠転移とは、学習内容とそれを活かす場面が離れている状態です。一般論や抽象的な話は、自身の業務にどう活かせるかイメージしづらい傾向があります。たとえば、セミナーなどですばらしい講演を聞いて「目から鱗です!」「非常に勉強になりました!」と感銘を受けたのに、その後、その講演内容をどう活かしてよいか分からず、何もアクションにつながらなかったということよくあります。これは、自身の業務や行動との接点を見出せず、「他人事」として学んでしまったためです。
一方、近転移とは、学習内容と活用場面が近い状態です。たとえば、自社の事業や自身の業務を前提とした内容であれば、身近なこととして具体的に理解することができます。つまり、「自分事」として学びやすくなります。
ですので、研修コンテンツはできる限り近転移を意識してつくるべきで、ある程度の内製化を検討することが重要です。自社特有の事業や製品の知識だけでなく、コンプライアンスのような一般論であっても、具体的にイメージできる身近な例を交えた研修内容とすることで、理解度向上と自分事化につながります。
かつては作成のノウハウや手間の問題から内製化のハードルが高いとされていましたが、最近ではAIを活用してコンテンツ作成を補助する技術も普及しており、そのハードルは大きく下がっています。
もちろん、「遠転移的なコンテンツから、自分にとっての学びは何かを深く考える経験も重要だ」という意見もあるでしょう。実際に「深く考え、本質を捉える」という点で、遠転移も重要な学びのプロセスです。
しかし、研修の多くは「会社・組織として身に付けてほしい知識や行動」が明確であり、それらを効率的かつ確実に習得してもらうために設計されています。そうした研修において、現場での活用イメージが湧きにくい内容だと分かったまま提供し続けるのは、研修推進側の怠慢といわざるを得ません。もしそのような企業があれば、研修推進チームごと研修を廃止してしまい、そこでかかっていたコストを従業員の自主学習手当として還元したほうが有意義かもしれません。
2自律性をかき立てる受講体験
多くの日本企業は「人材育成」を重視していますが、そもそも「育成」という言葉は、対象者(学習者)を主語にして使うことができません。「私は私を育成するために研修を受講します」なんて言い方しませんよね。つまり、人材育成施策としての研修は「会社から与えられる」受け身のものになりがちです。しかし、研修効果を最大化するためには、学習者が自律的に学び、内容を自分事化してもらう必要があります。
この「大人の自律的な学習」を促すヒントとして、成人学習理論「アンドラゴジー」の6つの原則が参考になります。
- 知る必要性:なぜそれを学ぶのか。メリット・デメリットを含めて理由を理解したい
- 学習者の自己概念:他人からの押し付けではなく、自分の意思で学びたい
- 既有経験の役割:自身の経験を活かした学びをしたい
- 学習への準備状態:自身の仕事や役割に役立つことを学びたい
- 学習の方向付け:知識をただ蓄えるのではなく、現実の課題を解決したい
- 動機付け:仕事のやりがいや自己成長といった、内発的な動機で学びたい
ここから分かるのは、育成の対象となるのは「大人」であるため、マス向けの研修コンテンツを一方的に押し付けても、自発的な学びは生まれないということです。前述の近転移によって自分事としての理解を促すことも有効ですが、「学びの伴走者」を付けることで、学習者の自律性はさらに引き出されます。研修を一方通行で終わらせず、疑問点を質問できたり、自身の役割や業務に当てはめて考えたり、学んだことを「抽象的概念化」する際の壁打ち相手になってもらえたりするような、双方向のコミュニケーションをつくることが重要です。
ただし、双方向といっても、FAQチャットボットのように、質問回答集から一律な回答を返すだけでは、自律性をかき立てる対話は生まれません。受講者の所属、職務、役職、理解度、興味関心などに合わせた対応や、対話の文脈をくみ取った柔軟な応答が必要になります。
かつて、こうした高度な対応は、その分野の専門家や訓練を受けた講師にしかできなかったため、受講者1人ひとりに個別に伴走することは非現実的でした。しかし最近では、「AIチューター」が個々人に合わせた学習の伴走をしてくれるようになってきています。
3いつでも引き出せる知識化
研修が実務で役に立たないといわれる理由には、前述の「遠転移コンテンツ」や「一方向のコミュニケーション」のほかに、「研修と実務の分断」という問題もあります。研修受講後に「あの知識を使いたい・見直したい」と思っても、研修コンテンツが「ひとかたまり」になっているため、必要な部分だけを引き出すのは困難です。再確認のためにわざわざ研修動画や資料を最初から見直すのは面倒で、結局諦めてしまう人が多いのが実情です。
そうならないよう、受講者自身で後から使えるように研修の要点をまとめ直す方法もありますが、これには時間と手間がかかります。結局のところ、自分で一から知識を再構築することになり、「わざわざ研修を受けた意味があったのだろうか」と、研修そのものの価値を感じにくくなってしまいます。
だからこそ、研修で扱う知識は「実務の中でいつでも引き出せる状態」にしておくべきです。そのためには、研修の世界と実務の世界をつなぐ「ナレッジハブ」の存在が不可欠です。
ナレッジハブに社内の知見を蓄積し、それを近転移を意識した研修コンテンツとして活用したり、社員が日々の知識のアップデートに利用したりすることで、研修という場に閉じない、継続的かつ双方向の学習環境をつくることができます。

