山中 麻衣(やまなか まい)氏
株式会社リンクアンドモチベーション 組織開発Div企画室
2009年入社。大手企業向け組織人事コンサルティングを経験した後、ブランド・マーケティングコンサルティング担当として企業の商品サービスのリブランディングに従事。 また、グループ全体の経営企画に携わり、M&Aや経営統合後の子会社の経営管理の体制構築を経験。その後、国内最大級のデータベースを持つ組織改善クラウドサービス「モチベーションクラウド」のマーケティング責任者として、立ち上げ当初からの拡大を牽引。現在は、上記の経験を活かし、新サービスの事業企画、経営企画を担当。
なぜ従業員エンゲージメントが重要なのか
2000年に創業し、20年以上にわたって、モチベーションやエンゲージメントの向上にまつわる組織人事コンサルティングサービスを提供してきたリンクアンドモチベーション。昨今、人的資本経営が話題となっているが、日本・アジア初、世界で5番目に、人的資本に関する情報開示ガイドラインのISO30414を取得している。
なぜ今、従業員エンゲージメントが注目されているのか。この背景について、山中氏は「企業を取り巻く『商品市場』『労働市場』『資本市場』の3つにおいて、次のような変化が起きているからだ」と説く。それぞれ詳しく見ていこう。
- 商品市場
- 「ソフト化」と「短サイクル化」が起きており、商品を生み出し続けるための人材を採用・維持する、労働市場適応の重要性が高まっている。「ソフト化」とは、モノづくりをしてきたメーカーであっても、商品そのものではなく、モノを通じて提供する価値に重きを置いた“サービス業”へシフトすることを意味している。同時に、商品のライフサイクルが短くなる「短サイクル化」も生じている。サービス業では、人のアイデアやホスピタリティが企業の競争優位性につながるため、優れたサービスを短サイクルで生み出し続ける優秀な人材を、継続的に確保していくことが求められるのだ。
- 労働市場
- 「流動化」と「多様化」が起きていることから、自社の人材を維持し、モチベーションを向上させる、労働市場適応の難易度が高まっている。年功序列・終身雇用という日本特有の人事制度が崩壊したことに加え、コロナ禍によって、さらに流動性は高まった。また、労働に対する価値観の多様化が進み、単なる金銭的な報酬だけを目的としない傾向が強まっていることから、マネジメントの難易度が上がっているとも言える。
- 資本市場
- SDGsやESG投資の流れを受け、特に投資家から人への関心が高まっており、人的資本開示に向けたルールの整備など、企業の労働市場適応への姿勢が注目されている。中長期的でサステナブルな人的資本に関する取り組みに対して、厳しい視線が注がれているようになっている。
「こうした商品市場、労働市場、資本市場の変化に適応し、顧客からも、従業員からも、投資家からも選ばれる企業になるには、従業員エンゲージメントの向上にしっかりと取り組むことが不可欠だ」と山中氏は強調する。
従業員エンゲージメントを左右する4つの要因と2つの急所
従業員エンゲージメントとは、「企業と従業員の相互理解・相思相愛度合い」と解釈できる。これが転じて、「会社への愛着心、仕事への情熱度合い」とも受け止められる。いずれにせよ、直訳すると「エンゲージメント=婚約」であることから、企業と従業員の結びつきが強くなればなるほど好循環が生まれるし、逆に弱まれば関係解消(退社)に至ることは想像にたやすい。
事実、冒頭で紹介した同社と慶應義塾大学岩本研究室の共同研究結果でも、従業員エンゲージメントの向上により、「労働生産性の向上」「営業利益率の向上」「退職率の低下」「顧客満足度の向上」「株価の向上」といった効果が生じることが証明されているという。
では、従業員エンゲージメントを左右する要因には、何があるのか。山中氏は次の4つを示した。
- Philosophy(目標の魅力)
- 明確な理念・経営計画・企業の成長性・ブランド
- Profession(活動の魅力)
- 事業優位性・事業領域の広がり・仕事のやりがい・商品サービス
- People(組織の魅力)
- 風通しの良い風土・若手の活躍・魅力的な先輩・経営陣の魅力
- Privilege(待遇の魅力)
- 最先端の設備・納得感のある給与・福利厚生。就労実態
しかし、「従業員エンゲージメントの向上に向けて、サーベイをもとに悪いところを改善しようとしがちだが、これは悪手である」と山中氏は指摘する。そもそも4つの要因すべてを完璧にするのは不可能だ。経営資源は有限であり、企業によって得手不得手もあるからだ。
では、どうすればよいのか。「従業員エンゲージメント向上を実現するには、『診断』と『改善』を繰り返すべきであるが、それぞれに押さえるべきポイントがある」と山中氏は述べる。
まず「診断」に関していえば、満足度を測ると同時に「期待度」を把握することが重要だ。リンクアンドモチベーションの提供する「モチベーションクラウド」を活用すれば、1つの項目に対する満足度とともに、期待度も合わせて聞くことができる。これにより、次図のような4象限で、組織の強みと弱みがあぶり出される。次にやるべきことは、次図の青枠で示された不満理由の解消とともに、赤枠に入った組織の強みから貢献理由を創造することだ。
そして「改善」に関しては、同社が20年間蓄積したデータから見えてきた、多くの企業で組織の弱みとなっている2つの項目が紹介された。
モチベーションクラウドで調査できる64項目中ワースト1位となった項目は、「階層間の意思疎通」である。この項目が組織の弱みに入っていると、「現場は会社が何を考えているのか分からない」あるいは「会社は全然現場のことを分かっていない」という状態に陥っている。このような状態では、戦略への共感が得られないため、現場で実行されず、成果につながらなくなってしまう。
「管理職から現場へ指示を出すときに、行動だけの指示で終わっていないか、ちゃんと目的や意味まで伝えられているのか、しっかりと見直していただきたい。従業員エンゲージメント向上に向けた組織改革の成果が出るかどうかは、管理職のピープルマネジメントを改善できるか否かにかかっている」(山中氏)
続いて、ワースト2位の項目は、「適切な採用・配置」だ。自社が事業状況に適した採用・配置を行うことを期待しているが、実態が伴っていない結果となっている。とにかく忙しすぎて現場が疲弊していたり、興味のない仕事に就かされていると感じていたりすることが考えられる。
こんなときに行うべきは、新たな人の採用ではない。「目的→対象→役割→方法→基準→納期」という“期待値調整のフレームワーク”を用いたタスクマネジメントにより、仕事の進め方を見直すことが重要だ。
いずれも鍵を握るのは管理職だ。「管理職には経営と現場の“結節点”としての役割を果たすことが求められている。管理職が経営方針や理念を十分に理解した上で、各現場の行動に落とし込めるかどうかで、実行力に大きな差が生まれる」と山中氏は説き、管理職に求められるマネジメントの4象限を次のように示した。
とはいえ、これらすべてを網羅できるパーフェクトな人間はそういない。管理職が成長するにも時間がかかるし、得手不得手があって当然である。苦手なところは誰かサポートできる人をアサインするなど、職場全体でマネジメントが機能する環境を構築することが大切だ。
加えて、「効率的な『改善』を行う上で外せないポイントとして、『従業員エンゲージメントの高低によって、組織改善の打ち手は変わる』ことが挙げられる」と語る山中氏。従業員エンゲージメントが高ければ、どんなアクションプランを立ててもうまくいくし、逆に従業員エンゲージメントが低ければ、何をやってもうまくいかない。従業員エンゲージメントが低いことが分かっているのであれば、経営陣や管理職が率先垂範で現場と信頼関係を構築する努力をしない限り、どんな施策も意味を成さないと肝に銘じておきたい。