登壇者
スピーカー
坂井 風太(さかい ふうた)氏
株式会社Momentor 代表取締役社長
元・DeNA人材育成責任者。子会社代表などを歴任後、マネジメント領域で起業 体系化されたマネジメント・人材育成理論が好評を博し、業界最大手企業から急成長スタートアップまで、70社を超える企業を支援。ビジネスメディアPIVOTにて『【Z世代がたった数年で会社を見切る理由】「いても無駄」と「言っても無駄」』の動画が累計100万回再生を突破。
水戸 大介(みと だいすけ)氏
株式会社カプコン CS第二開発統括 開発四部 副部長
2010年、株式会社カプコン入社。人事部にて、採用、教育、労務、人事制度などを担当。2017年に「モンスターハンター」などを開発するCS第二開発統括に異動し、東京開発組織の変革に取り組む。2021年より、新卒1~3年目のクリエイターが所属する開発四部にて、若手育成を起点としつつ、部門横断の人材開発・組織開発を担う。
進行役
市古 明典(いちご あきのり)
株式会社翔泳社 HRzine編集長
宝飾品会社の社員、辞書専門編集プロダクションの編集者を経て、2000年に株式会社翔泳社に入社。月刊DBマガジン(休刊)、IT系技術書・資格学習書の編集を担当後、2014年4月より開発者向けWebメディア「CodeZine」の編集に参加。その後、2017年7月にエンジニアの人事をテーマとする「IT人材ラボ」を立ち上げ。2020年8月に人事全領域にテーマを広げた「HRzine」をスタートさせた。
ミドルマネージャーにしわ寄せが行く3つの変化
坂井氏は冒頭、現場のミドルマネージャー(以下、マネージャー)の役割が「過去と比較できないほどに重要性と難易度が高まっている」と指摘。「中間管理職の悲哀」という言葉自体は昭和の時代からあるが、「マネージャーになりたい人がいない」「管理職の罰ゲーム化」などの問題も起きているという。
坂井氏によれば、難易度向上の背景には3つの変化がある。1つ目は「時代の変化」だ。終身雇用制度が崩壊したいま、以前のように従業員が会社を無前提に信頼・依存することは非現実的になっている。それに伴って、個々人が自分でキャリアを構築する時代となり、「この会社にいれば、自分のキャリアは明るい」と感じられるようなキャリア安全性が重要になった。今までと「キャリアのつくり方」が異なる時代になった中で、時代に即したマネジメント手法が求められている、ということである。
2つ目は「役割の変化」。マネージャーは、業績やプロジェクトを監督するこれまでの立場を越え、ピープルマネジメントも担うようになった。残業規制もある中で、事業成長と組織成長の両輪を回す必要が生じているのだ。「人事施策の運用の担い手」が、人事からマネージャーへと移行しているという状況なのである。
3つ目の「手法の変化」としては、命令・統制から対話・支援へのシフトが好例だ。コーチングや1on1、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の浸透といったお題目が次々とマネージャーに押し寄せている。にもかかわらず、人事や経営層からの支援が薄いケースが散見されている点が問題だ。
これら3つの変化を背景に、経営層は「個を生かせ」「多様性を確保しろ」「エンゲージメントを高めよ」と、組織開発やピープルマネジメントの実行をマネージャーに迫る。しかしメンバー、とくにデジタルネイティブ世代にとって転職は当たり前で身近なもの。SNSを開けば同世代の活躍が横目に映り、転職口コミサイトで類似企業の年収データも閲覧できてしまう。「隣の芝生が近くて青い」という状況の中で、「この場所に居続けていいのだろうか?」という不安を抱えながら生きている若手世代において、不満型退職だけでなく、不安型退職も発生している状況なのである。
そうした中で組織開発やピープルマネジメントを推進しようと、「エンゲージメントサーベイ」や「対話会」を導入しても、本質的な課題解決にはなかなか至らないと坂井氏。組織開発・ピープルマネジメントにおいて重要なのは、「関係の質」「思考の質」「行動の質」「結果の質」の4つを循環させること。中でも起点になるのは関係の質だという。
しかし、関係の質は起点に過ぎず、ここだけに目を向けても意味がない。いきなり始まった「社長との謎の対話会」「面倒なだけのサーベイ」といった経験は多くの人にあるはずだ。これらはマネージャーの負荷や組織全体の工数増加になるだけのケースも多い。「聞いてくれるが、変えてくれない」という状況では、人事や組織への不信感は募るばかりである。経営層や人事はそれで「宿題完了」にできるが、マネージャーはその「現場感覚のなさ」に失望していってしまう。
必要なのは、サイクルのいったんのゴールである結果の質までを考えて施策を実行することだ。そのためには、坂井氏が「物理的な人工物」と表現するMVVや評価制度の刷新にとどまらず、現場でなされるコミュニケーションや手続きといった「組織ルーティン」と、正しいと思っている/間違っているものの思考の枠組みである「組織内の信念」を変容させることにまで目を向ける必要がある。
「組織カルチャーの変革には、物理的な人工物、組織ルーティン、組織内の信念の3階層がありますが、物理的な人工物以外の2つが整っていないことには、何かを変えたとしても形状記憶で元の状態に戻ってしまうのです」(坂井氏)
一方で難しいのが、3つのうち物理的な人工物に対する取り組みが、短期的には評価されやすいことだ。たとえば、「MVVの刷新」や「評価制度の刷新」は派手な施策であり、形になりやすいために、「会社が変わった感」を演出しやすい。「社長との謎の対話会」を繰り広げて、「弊社は風通しの良い職場です」というアピールをするのも同様である。
ただし、人事担当者としても、「評価されやすい仕事」と「意味のある仕事」の間で揺れた場合、よほどの「会社の未来への想い」や「仕事の信念」がない限り、易きに流れてしまうのが実態である。自分が動いても動かなくても個人の評価が変わらないのであれば、当たり障りのない、部門間との調整コストも増大しない無難な施策を推進して、仕事を「こなしたほうが楽」だからである。
この点を指摘しつつ、坂井氏は「すぐに現場に理解されずとも、粘り強くやり抜くことが重要です」と話す。
「いま、人事にこそリーダーシップが必要な時代ではないでしょうか。人事施策は説明が難しく、短期で売り上げといった成果を出しにくいものでもあります。そのため、現場への説明コストが高く、結果的に流行している施策を導入したり、逃げてしまったりしがちです。そうではなく、泥臭く、リーダーシップを持って取り組める人事がいまこそ求められています」(坂井氏)
そして、泥臭く、リーダーシップを持って人事施策を推進している企業として坂井氏が挙げたのがカプコンである。その理由は次の3つだ。
- マネージャーの負荷が高まる中で新卒社員まで含めた「全員参加型のピープルマネジメント」を推進している
- 人事担当者の水戸氏がリーダーシップを持って泥臭く推進しており、「大企業の人材育成文化の刷新」のロールモデルになりえる
- 坂井氏が提供するプログラムを受講して終わりではなく、運用に乗る形で内製化し、泥臭く人材育成&マネジメント文化を浸透させている