「ルールだからやっている会社」と「成果を出している会社」の差
飯田氏 人的資本経営は、人的資本開示の義務化などで「ルールだからやる」という姿勢になりがちという課題があります。女性管理職比率など、目標の数字をクリアするための取り組みになりかねません。

飯田悠司(いいだゆうじ)氏
株式会社リーディングマーク 代表取締役社長
1985年生まれ、神奈川県横浜市出身。2004年に私立浅野高校を卒業し、2005年東京大学経済学部へ入学。仕事にやりがいを感じる日本人が18%しかいないという状況に危機感を覚え、在学中の2008年1月に株式会社istを起業。2011年9月に社名を株式会社リーディングマークに改名し、キャリア支援プラットフォーム「ミキワメ」を中心とした就職・採用活動支援サービスを展開中。
三瓶氏 昔の当社には、人的資本経営という概念自体がなかったように思います。しかし、2022年に大きく変わりました。
理由の1つは、人材版伊藤レポートの公開をはじめとする社会の変化。もう1つは、当社の定款を根本的に変えたことです。定款は会社の憲法であり、株主の3分の2の賛成がないと変えられません。そこに、「人権および多様性の尊重、自己実現を支える成長機会の充実、働きやすい環境の整備」という人的資本に関する文章が加わりました[1]。この2つの出来事が重なり、人的資本経営を推進する必要性を経営陣が強く感じたのです。
注
[1]: エーザイ株式会社「定款の一部変更に関するお知らせ」
その中で、急ピッチで策定したのが統合人事戦略でした。これは、「健康」「働き方」「成長」「事業・組織」がストーリーとしてつながり、それが企業の成長につながるという戦略です。これにより、人事部門のメンバーは、自分の仕事が事業成長に結びつくことを理解し、有機的に動きはじめました。
田中氏 人的資本経営をルールだから進めているだけの会社と、成果に結びつけている会社の差は、変化に対する考え方にあると思います。短期業績を安定させるには前例踏襲がもっとも楽ですが、会社を存続させて社会にインパクトを出すためには変化していく必要があります。
人的資本情報の開示でも、ビジネスが変化する中をどのような戦略でどのように過ごすのかを提示し、自社がどのように変化しているのかを説明できるかどうかが、違いを生みます。
松井氏 当社では、「ルールだからやる」という考え方に、社内から猛反発が来ます。たとえば、数年前にD&I推進の機運が高まりましたが、「流行りだからやるのか」といった声がありました。
そこで私たちはD&Iを、7つのバリューの1つ「異能は才能」というバリューに紐づけました。これは、多様性を受け入れ、パワーに変えることを意図して創業当初から掲げているものです。この「異能は才能」がユーザーベースのD&Iなのだと位置付け、今の組織規模や社会の要請に合わせて、その意味をアップデートするプロジェクトとしたのです。
プロジェクトとして、タウンホールで意見を募ったり、ドラフトを見せて議論したりする中で、社員からの反発はなくなりました。会社のパーパスやバリューに基づいて「D&Iを推進する必要があるのだ」と説明し、社内に納得感を醸成する、つまり社員のみんなが咀嚼する時間が必要だったのだと思います。
こういった組織が変わるきっかけは、戦略的にやっているというよりも、「このあたりが緩んできたな」と感じたら仕掛けるようにしていますね。
飯田氏 私個人としては、儲からない人事戦略や施策は意味がないと思っています。人事は事業推進と利益最大化のためにあると考えているからです。エーザイのマーケット変化を捉えた人的資本経営や、ユーザベースのバリューをベースにしたD&I推進の議論は、事業を伸ばすために人的資本経営がどうあるべきかが考えられており、非常に本質的ですてきな取り組みだと感じます。