AIの登場は「知識社会の完成」か「変容」か
ドラッカーは、知識労働者が社会の中心になると予測しました。しかし、彼が想定していなかった変数があります。AIの登場です。AIがもたらしたのは、ある面では「知識労働そのものの代替」の可能性です。経産省の2040年推計が示す事務職437万人の余剰は、ある種の知識労働——定型的な情報処理、パターン認識に基づく判断、ルーティン的な文書作成などがAIに代替される未来を具体的な数字で示しています。
これはドラッカーの予測の「否定」でしょうか。筆者はそうは考えません。むしろ「知識労働」概念の精緻化が迫られているのだと捉えるべきです。
AIが代替できる知識労働とは、実は知識労働の中でも「定型的な処理」に近い領域です。一方、半世紀以上前にドラッカーが知識労働の本質として見抜き重視したのは「何を行うべきかを定義する仕事」、つまり問いを立て、方向を定め、意味を創造する仕事でした。AI時代にこの定義がより鮮明になるのだと思います。AIがパターン認識と情報処理を引き受ける分だけ、人間に残される知識労働は「問いを立てる仕事」「意味を創造する仕事」「関係を構築する仕事」に純化していきます。
政府がまとめた「人工知能基本計画」(通称:AI基本計画)の第4方針が「人間力の向上」を掲げるのは、まさにこの構造認識に立っています。技術が加速すればするほど「何を行うべきかを定義する仕事」が、人間固有の価値の源泉として浮かび上がります。
知識労働のうち定型的な部分がAIに移行することで、ドラッカーが本質的に論じた「問いを立て、成果を定義し、自らを管理する」という知識労働の核心部分が、いよいよ剥き出しになります。企業はこの核心部分にこそ人材を投入し、育成し、その力が最大化される環境を設計する必要があるのではないでしょうか。

おわりに——自社で何をするか
AIでは代替できない知識労働とは何か。この問いに自社の答えを出すことが、これからの人材戦略の出発点です。ドラッカーが描いた知識社会は、AIの登場によって予想以上に急速に、そして予想と異なる形で現実化しています。
この構造認識を踏まえて、企業が取るべきアクションを整理します。まずは雇用政策と社会変動の理解です。労基法改正・AI政策・人的資本の3つの潮流を、ドラッカーが示した知識社会の構造変容として統合的に把握します。次に、経営戦略を参照した世界観を確立します。具体的には、「自社の知識労働の本質は何か」「AIがある世界で自社の人材に求められる力は何か」を言語化します。
そして、その世界観に基づいてロードマップを作成し、社内コンセンサスを形成し、世界観の戦略的な実施へと進みます。個別の法令政策対応やAIなどのツールを、世界観の実現手段として位置付け、継続的に展開する。このときに、ドラッカーの知識労働者論は大きな手掛かりを提供するものだと思います。
ドラッカーが半世紀前に述べた「知識労働者は自分自身のCEOである」という命題は、今やAI政策と労基法改正の交差点で、制度レベルの現実になりつつあります。その現実を、自社の人材戦略にどう翻訳するか。次稿では、ドラッカーのイノベーション論を使って、この「翻訳」の具体的な方法論に踏み込みます。

