“まず人を確保する”海外進出時の新しい雇用スキーム「EOR」と「PEO」——導入場面と5つの実務論点
導入前に確認すべき5つの実務論点
- ①指揮命令と人事権
- 誰が日々の業務を指示し、目標を設定し、勤務や休暇を承認し、懲戒・解雇を判断するのかを可視化する。サービス契約や雇用契約、ジョブディスクリプション、実際の会議体や承認フローに一貫性を持たせることが重要である。
- ②パフォーマンスマネジメント
- EOR人材にも事業上の目標設定や評価は必要である。ただし、評価結果を昇給、賞与、(パフォーマンス不全の場合の)改善計画、契約延長/終了の判断などにどう反映するかは、EOR事業者との連携を前提に設計する。意図的に高い目標を設定する場合も、目標の合理性、評価根拠、継続的なフィードバックを記録し、雇用上の措置へ直結させる際は現地法の確認を行う。
- ③報酬・福利厚生と従業員体験
- EOR事業者が設定している標準的な福利厚生制度と自社のグローバル方針の間に差が生じることがある。市場競争力、社内公平性、法定給付、賞与、株式報酬、退職給付、保険などを確認し、候補者には雇用主、評価者、問い合わせ先を採用初期からわかりやすく説明する。EORになじみの薄い市場では、この説明が採用受諾と入社後の安心感を左右する。
- ④ベンダーと契約条件
- M&Aや海外進出では、EORは一時的な雇用基盤として利用され、その後に現地法人へ移行するケースも少なくない。そのため、価格や対象国数だけでなく、現地専門家によるサポート体制、労務・コンプライアンス対応、将来的な従業員移管や法人設立支援の実績なども含めてパートナーを評価することが重要である。また、費用体系も確認が必要である。EORのサービスフィーは一般に、従業員1人当たり月額固定で設定される場合と、給与の一定割合で設定される場合がある。いずれも対象国や人員規模、提供サービスの範囲によって大きく異なるが、前者では1人当たりの月額で800~1200ドル程度(大企業向け)、後者では給与の8~15%程度の費用となることが一般的である。
- ⑤Exitと移行計画
- EORは開始の速さに目が向きやすいが、終了の設計が同じくらい重要である。事業規模、売上、人数、許認可、顧客要請など、法人設立へ移行する判断基準を設け、EOR導入時には、開始時点から直接雇用への移行可能性を想定し、移行時に影響が生じる労働条件や制度差異を把握しておくことが望ましい。M&Aのケースでは、この移行がDay1以後の統合ロードマップにおける重要な要素となり得る。
EOR・PEOを「組織人事戦略」として捉える——雇用手続きの外部化にとどめない
EOR・PEOを選ぶ際、費用と導入速度だけを比較すると、より重要な問いを見落としやすい。採用する人材にどのような権限を与えるのか、どの組織に所属させるのか、誰が評価し、どのキャリアを提示するのか、将来の現地組織にどう統合するのかという問いである。
EORで雇用された人材も、顧客から見れば企業を代表し、社内では価値創出を担うメンバーである。雇用契約が外部にあることを理由に、タレントマネジメントの対象外にしてはならない。
特に管理職や専門職をEORで採用する場合は、ジョブグレード、報酬レンジ、目標設定、後継者計画、研修、企業文化への接続を意識的に設計する必要がある。その一方で、人事上の最終決定や雇用上の措置では、EOR事業者の役割を尊重しなければならない。この2つを両立させるガバナンスこそ、EOR活用の成否を分ける。
また、海外進出を、EORによる少人数の市場検証、事業拡大に伴うチーム形成、現地法人設立、直接雇用への移行という段階で捉えれば、EORは暫定策ではなく、組織の成熟度に応じて雇用基盤を変えるための選択肢となる。PEOも、設立後の法人が給与・福利厚生・労務管理の専門性を補完し、事業部門を本来業務に集中させる手段として位置づけられる。
おわりに
EORとPEOは、海外進出に伴う時間と管理負荷を軽減し、事業機会や人材獲得に迅速に対応するための有力な選択肢である。しかし、導入すればコンプライアンスや人材マネジメントの課題がすべて外部化されるわけではない。むしろ、法的雇用主と実際の事業運営が分かれるからこそ、権限、責任、評価、報酬、従業員コミュニケーション、将来の移行を丁寧に設計する必要がある。
組織人事の視点から本質的な問いは、「法人を持つか、EORを使うか」だけではない。どの市場で、どの人材を、どのタイミングで確保し、どのようなガバナンスの下で価値を発揮してもらうのか。そして、事業の成長に合わせて、その人材をどのような組織へ統合していくのかである。EOR・PEOを単なる雇用代行ではなく、グローバル人材戦略と組織設計を支える新しい組織インフラとして捉えることが、アジャイルで持続可能な海外展開への第一歩となる。
本稿は一般的な情報提供を目的とするものであり、特定の国・地域における法務、税務、労務その他の専門的助言を行うものではありません。EOR・PEOの法的位置付けや利用可能性、必要な許認可、税務上の取り扱いなどは国・地域および具体的な契約・運用により異なるため、導入に際しては各分野の専門家による個別確認が必要です。
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山田 俊輔(ヤマダ シュンスケ)
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社、ピープルコンサルティング、シニアマネージャー
日系プラントエンジニアリング会社の人事部勤務の後、米国ビジネススクールへの留学を経て2013年にEYに入社。人事制度やタレントマネジメント、HRオペレーション等、多様なプロジェクトに従事。近年はM&Aをはじめとする組...※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

