人材資本経営の実践サイクルを回していこう
では、従業員エンゲージメントをKGIに置いたうえで人的資本経営を進めていくには、具体的にどうすればよいのか。山中氏は「人材版伊藤レポート2.0」をもとに作成した次図を用いながら、3つの視点について、それぞれ解説を加えた。
- 視点① 経営戦略と人材戦略の連動
- 人材戦略のものさしは、自社で作成したオリジナルのものになりがちで、他者から見たときに良いのか悪いのか、端的に分からないものになりやすい。それでは投資家に響かない。また、経営戦略と人材戦略が連動していなければ、PDCAも回しづらくなる。経営戦略と人材戦略が連動した明確なものさしを用意する必要がある。
- 視点② As is-To beギャップの定量把握
- 現状と目指す姿のギャップを定量的に把握するには、結果だけでなく課題や打ち手まで定量的に計測できるKPIが必要だ。たとえば、育休取得率や女性管理職比率などはゴールとしては分かりやすいが、そこにたどり着くまでの施策も定量的に計測するための工夫をしなければならない。
- 視点③ 企業文化への定着(人材戦略の実行プロセスを通じた企業文化の醸成)
- 企業文化へ定着させるには共感を得ることが重要だ。さまざまな特性を持った従業員の共感を生み出せるような戦略方針や運営の仕方を、各企業の特性に応じて決めていく必要がある。
人的資本経営の実現に向けては、上記3つの視点に気をつけながら、「診断」→「変革」→「公表」のサイクルをぐるぐる回していく。
まず「診断」においては、目指すべき姿(To be)と現在の姿(As is)とのギャップを定量化するのだが、ここでのポイントは「“自社らしい”目指す姿を言語化して、目指す姿と現状の差分を正しく把握すること」である。自社らしさを大切にすることで、従業員にもその状態を目指す意義が明確に伝わり、それが働きがいにつながる。そして自律的・自発的な行動が生まれ、事業成果の向上へとつながっていく。
「目指すべき姿を決めずにエンゲージメント調査をして、低かったところを変えましょうというやり方では、決してうまくいきません。コストにも時間にも制約がある中で、投資の優先順位づけができなくなってしまうからです。単にエンゲージメントを計測すればよいわけではありません」(山中氏)
目指すべき姿が決まったら、サーベイを行う。リンクアンドモチベーションが提供する「モチベーションクラウド」なら国内最大級1万0060社312万人以上のデータが蓄積されており、相対比較できるようになっていることから、経営戦略と人材戦略が連動したものさしになり得る。
次に「変革」を見ていこう。ここではAs is-To beのギャップを埋めるために改善策を立案し、実行する。ここでのポイントは、「実行する社員の状況や感情を捉え、施策に落とし込むこと」だ。エンゲージメントの状態によって、社員の共感度合いは大きく異なるため、それに合わせた打ち手を考える必要がある。
「モチベーションクラウド」では、エンゲージメントスコアを部署別、属性別、年齢別、雇用形態別、グレード別など、さまざまな切り口で見ることができる。たとえば、エンゲージメントスコアがとても高い部署と、とても低い部署があったときに、どちらかに合わせて一律に同じ施策を埋め込もうとするのは悪手である。
「エンゲージメントが良い状態の部署であれば、どんな施策を打ったとしても、上司の言葉をメンバーが素直に受け止め、本音で話し合うことができます。しかし、逆に悪い状態の部署に対して、強制的に『1on1をやれ』などと言ってしまうと、さらに関係が悪化してしまいます。エンゲージメント状態によって打ち手は変えなければならないということは、必ず頭に入れておいてください」(山中氏)
そして、実践サイクルの最後は、取り組みの進捗や方針を社内外に公表し、企業価値の向上につなげる「公表」だ。開示が求められる指標は今後さらに増えていくと考えたほうがよい。ここでのポイントは、「現状の数字(=過去の結果)よりも、未来の戦略(=実現するストーリー)を伝えること」である。公表する人的資本情報について、なぜ経営として注力するのかを明確にすることと、目指す姿に向けて今どの位置にいるのかを数値で示すことが重要だ。
「投資家の方は美しいデータを求めているのではなく、経営者がどこに注目して、何を意識して、今後どうしていこうと考えているのかを聞きたいそうです。考え方を知った上で、対話の糸口にしていきたいと。この期待に応えていくことが公表のポイントです」(山中氏)
なお、人的資本経営の3つの視点と実践サイクルの3段階の関係は、以下の図のとおりだ。
リンクアンドモチベーションの「Human Capital Report」では、エンゲージメントに注力する背景や、それを通して実現したい未来についても併せて公表している。「One for All, All for Oneの実現」を組織の目指す姿として掲げ、従業員エンゲージメントの向上を組織戦略の最重要テーマに据えている同社の取り組みは、人的資本経営のお手本として大いに役立つだろう。興味のある方は、ぜひ参考にされてみてはいかがだろうか。