未来を見据えた人的資本経営、鍵は「変化対応力」
飯田氏 最後に、未来を見据えた人的資本経営についてお聞きしたいです。AIの進化はすさまじく、人口減少に直面している日本では、「採用したくても人がいないから事業が回せない」状況が顕在化すると予想されています。
三瓶氏 エーザイではいま、創薬プロセスにAIを活用しています。たとえば、膨大な臨床データの解析にAIを用いることで、薬の種を同定する工程を大幅に効率化しています。これにより研究者は、同定された薬の種をもとに仮説を立て、患者のためにどのようなストーリーを構築するかという「人間にしかできない部分」に集中できるのです。人事でも、定型業務をAIに置き換えて、浮いた時間を人間にしかできない部分に充てるというやり方を進めようとしています。
松井氏 AIの成長速度は驚くほど速く、未来がどうなっているか誰も予測できません。だからこそ、人材に大切なのは「変化対応力」だと思います。AIによって何が代替されるかを固定的に考えるのではなく、組織全体でいかに柔軟に変化に対応できる仕組みをつくっておくかが重要だと考えています。それをどういうふうに実現しようかと日々悩んでいるところです。
飯田氏 ユーザベースは、BtoBのサービス「SPEEDA」からスタートし、「NewsPicks」というBtoCのメディアをつくられ、今はAIを活用したプロダクトに特化しています。貴社の社員は、変化が激しい会社の中で、自然と変化できているのでしょうか。それとも、何か工夫していることはありますか。
松井氏 採用段階から変化対応力を持つ人材を見極めることは意識していますし、入社後も自ら考えて行動できる人材を育てる必要もあります。かつてのユーザベースでは、社内異動はほとんどなく、やりたい人が手を挙げて成り立っていました。今も公募制度はあるのですが、会社が大きくなる中で、社員全員が全体像を把握するのは難しい。
そのため、会社側から「今このようなテーマに取り組んでいる」「新しいスキルを身に付ければ機会がある」と期待を伝え、時には積極的に人事異動を行うことで、社員の成長を促し、組織としての変化対応力を高めていくようにしています。
また、これまでの経験をアンラーニングして、ゼロベースで新しいことを学ぶ能力も重要だと思います。ただ、私もそうですが、それなりに経験を積んでいると拭いきれない部分がありますよね。なので、フィードバックなどによる外からの刺激も大切なのではないでしょうか。

田中氏 私も松井さんと同様に、未来を見据えた人的資本経営は変化対応力がポイントになると思います。
近年は、この力を高めるための方法として「キャリア自律」が注目されています。しかし、社員自らが積極的に手を挙げて変化する組織というのは“幻想”です。働きやすさを追求するだけでは、社員が手を挙げて会社が変化することは起こりません。
経営陣は社員に、企業の戦略や課題、介在価値を提示すべきです。「このような課題に対し、新しいスキルを身に付ければ活躍の機会が生まれ、会社が成長する。みなさんにはその力がある」と伝えることで、初めてキャリア自律が実現するのです。
三瓶氏 そこで重要なのは、課題を提示することかなと思いました。「会社としてこういう課題があります」と社員に提示するプロセスはとても大事だと思います。
当社が昨年公開したヒューマンキャピタルレポートでは、「グローバル人事体制の強化がまだ不十分」「イノベーションを創出する環境が整っていない」「DE&Iカルチャーが浸透していない」「会社と社員の情報非対称性がある」という課題を提示しました。これにより、「この課題を解決したい」と手を挙げてくれた社員がいたのです。
自社の課題をオープンにすることで、前向きな従業員の間に「どうしたらよいのだろう」というクエスチョンが生まれ、行動にまでつながるのだと思います。
飯田氏 立場の違うお三方から、本当にすてきなお話をいただきました。本日はありがとうございました。