個人の志と経営理念を接続する
ここで1つ、多くの企業がつまずく点があります。全社の経営理念を立派に磨いても、それだけでは現場の1人ひとりには届かない、ということです。
「社会に貢献する会社へ」のような全社レベルの言葉は、抽象度が高すぎて、目の前の仕事とつながりません。営業の社員と、経理の社員と、開発の社員では、日々向き合う相手も課題も違う。1つの理念を、全員が自分の仕事につながっていると感じられる言葉に翻訳するのは簡単ではありません。
そこで私が勧めているのが、全社の理念を部門・個人の理念へと落とし込む考え方です。全社のミッション・ビジョン・バリューを土台に、部門ごとのミッション・ビジョンをつくる。全社から部門へ、部門から個人へと下ろしていくほど、理念は具体的になり、目の前の仕事に近づいていきます。
部門の理念をつくるとき、カギになるのが役割分担です。私はSAPジャパン時代、バリューは全社で統一し、ミッションとビジョンは部門ごとに描く方法をとりました。何を大切にするか(バリュー)は会社全体でそろえる。一方で、何を目指すか(ミッション・ビジョン)は、部門の仕事に合わせて描き直す。たとえば営業部門なら「Be Evangelist。お客様へ『感動』体験を与え続ける」。管理部門なら「成長の基盤を整えながら、全社員が最大限力を発揮できる環境をつくる」。同じ会社でも、部門が違えば目指す姿は変わります。だからこそ、自分たちの言葉で描き直す必要があるのです。
部門のビジョンを描くときに、押さえておきたい条件が3つあります。「ワクワクすること」「背伸びが要ること」「時間軸があること」です。アポロ計画のきっかけになったケネディ大統領の「1960年代が終わるまでに人類を月に送る」は、この3つを備えていました。人類が月に行く。それだけで胸が躍ります。当時の技術では容易に届かない。しかし期限がある。だから壮大な夢が計画に変わりました。
あなたの部門のビジョンは、この3つの条件に当てはまるでしょうか。一度確かめてみてください。
なお、時間軸はビジョンの文言そのものに入っていなくてもかまいません。コンカーのビジョン「経費精算のない世界を創る」に期限はありませんが、その代わり、ビジョンをブレイクダウンした具体目標に時間軸を持たせていました。ビジョンが方向を指し示し、時間軸はブレイクダウンした目標に持たせる。この組み合わせも有効です。
そして、落とし込みは部門で止めるべきではありません。最後は、1人ひとりの志とつなぐところまで下ろしていきます。部門の理念が自分の仕事の言葉になっても、それが「自分が大切にしたいこと」と重ならなければ、社員にとってはまだ他人の言葉のままだからです。
ここで大事なのは、個人の志を会社が与えるものと考えないことです。1人ひとりが、これまでの経験の中で大切にしてきた価値観を、対話を通じて自分の言葉にしていく。そのうえで、その軸と会社の理念とが重なる部分を見つける。両者が完全に一致している必要はありません。重なりが1つ見つかれば、「この仕事は自分ごとだ」という実感が生まれます。全社でそろえ、部門で描き直し、個人の志とつなぐ。この3段を下りきってはじめて、経営理念は現場の1人ひとりの判断に宿るのです。
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三村 真宗(ミムラ マサムネ)
株式会社U-ZERO 代表取締役 CEO 兼 CPO
慶應義塾大学卒業後、創業メンバーとしてSAPジャパン株式会社に入社。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ベタープレイス・ジャパン株式会社などを経て、2011年に株式会社コンカーに参画。代表取締役社長として、社員一人ひとりの声を経営に活かす組織づくりを徹...
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